- 2008-07-01
- 小説 神様のロトリー
「三島―、三島です。2番腺ホームに到着の新幹線は本日最終のこだま・名古屋行きです。お降りのお客様はお忘れ物のないようご注意ください。また、ご乗車のお客様は乗り遅れのないように━……」
智美は三島駅のホームと地下通路を繋ぐ階段を降り、改札を抜けた後、南口バスロータリーにあるタクシー乗り場へと向かった。
時間はすでに午後の11時を過ぎていて、駅前に人影はほとんどなかったが、タクシー乗り場には帰路へと着くサラリーマン風の男性が3人並んでいて、智美はその列の最後尾に並んだ。
並んだ時点ではタクシーは一台もいなかったが、近くの信号が青になったのだろう、タクシー数台が列になって一気にタクシー乗り場へと流れ込んできた。
智美はその列の4台目に乗り込み、運転手に「伊豆総合病院までお願いします」と言った。
運転手は小さな声で「はい、分かりました」と智美に一言だけ言葉を返した。
ここから病院まではだいたい40分…どうしようか…よし、少し仮眠しよう。
智美はタクシーが駅前の商店街を抜けるのも待たずに、静かにその目を閉じた。
あの事故から一年もの時間が流れ、また、季節は桜の花が咲き乱れる頃を迎えた。
梅雨のジメジメした感じとか
真夏の日差しの強さとか
紅葉の色鮮やかな景色とか
神奈川に降ったすぐに融けてしまう雪とか
直哉と二人で感じたかった様々な季節のイベントは次々と無常に通り過ぎ、そして、一周してしまった。
あたしはこの一年もの間、一人でひたすら突っ走ってきた。時々、急に心がツラくなる時もあったけれど、なぜかその時は見えない何かがあたしの心を静かに癒してくれた。
プロデューサーの石川さんによるPR活動の助けもあって、ファーストシングルはオリコンランキング8位。
セカンドシングルはオリコンランキング3位。
そして、ファーストアルバムはオリコンランキング1位を獲得し、60万枚を売り上げるヒットとなった。
ひたすら曲の製作と、レコーディングに明け暮れた一年間が終わり、智美は歌手2年目を迎えようとしていた。
ついに、今年からは全国ツアーが始まる。
そして、今、智美は一年前にあの山で交わした小さな約束を果たすために、直哉のもとへと向かっていた。
「……さん!お客さん!起きてください。着きましたよ!」
「ん………」
智美が目を開けると、すでにタクシーは病院の正面玄関の前に着いていた。
「…すみませんが、少しここで待っていただけますか?10〜20分程で戻ってきますので」
「はい、大丈夫ですよ!あなたのことは同僚から聞いていますんで。心配せずに行ってきて下さい」
タクシーの運転手は、微笑みながら優しい口調でそう智美に言った。
あ、そうか。どうやら、一ヶ月に3〜4度この路線を決まって深夜に使うので、あたしのことを歌手だと知っているのかどうかは分からないが、噂がこの地域のタクシーの同業者たちに広まっていたようだ。
「…すみません。ありがとうございます。では…」
智美はタクシーを降り、病院の中へと入っていった。
疾うに病院の消灯時間は過ぎている。
薄暗がりの病院の廊下を進み、智美はエレベーターに乗り、直哉のいる階に降りた。
エレベーター正面にあるナースセンターには、夜勤当直で、すでに顔なじみになっている看護士の方が2名いた。
「こんばんは」
智美は軽く頭を下げ、小声でそう言った。
「あ、こんばんは、清田さん。毎回毎回言ってますけど、くれぐれもお静かにお願いしますね」
「はい」
智美は看護士が取り出した面会者名簿に名前を書き、また薄暗い廊下を、足音を立てずに静かに進み始めた。
廊下の左右にある病室から聞こえてくる患者さんたちの寝息やいびきの間を通り抜け、智美は直哉の病室のドアを静かに開けた。
そこで待っていたのは、いつもの穏やかな寝顔をしている直哉だ。
「…こんばんは、直哉」
智美は小さな声でそう言うと、直哉のベッドの隣にある椅子に座り、直哉の右手をそっと握った。
直哉…あたし、明日からついに全国ツアーだよ…あー、さすがにちょっと緊張するなぁ………リハーサルとか、音あわせとかがね、なんか、これでもか!ってくらいにやんなきゃいけなくてさ、もうホントくたくただよ…今日もさ、明日本番だからゆるめにするのかな?なんて思ってたらさ、全然そんな事なくて、たぶん…今日が一番しんどかったかもね…へへ、あたしエラいでしょ?…………一年前の今頃はまだ…あたしたちの未来がこうなるだなんて、ちっとも考えてなかったよね……ねぇ直哉、絶対目が覚めたらびっくりするよ、このあたしが、まさかの有名人の仲間入りになってるんだから。この前もね、街中で知らない人に言われたんだ、「頑張ってください」って。あれは…嬉しかったなぁ。なんか、応援してくれる人がいるって事はさ、すごい心強くて、またこれから頑張ろうって気を起こさせてくれるんだ。直哉も、色んな人から応援してもらってるんだから、みんなの気持ちを無駄にしちゃ駄目だよ。
智美はバッグの中からチケットを取り出し、それを直哉の手に握らせた。
一年前、あの山で…直哉言ってたよね…「もし智美が武道館でライブをするときは、一番良い席のチケットちょうだいね」って。あの約束…ちゃんと忘れてないよ。最前列のど真ん中…大変だったんだからね手に入れるの…石川さんにお願いして、ちょっとズルしちゃった。はは。でもいいよね。何しろ一年前からの予約席だったんだから。明日は…一番あたしから近い席で、あたしの曲を聴かせてあげるね……レコード会社の人がさ、みんな本当に良い人で、あたしの人生最大のわがままを聞いてくれたんだ。なんか……初めてらしいよ、武道館ライブのラジオ放送って。なんか著作権だかなんだか色々あってさ、社長は最初、絶対無理だって言ってたんだけど、石川さんが説得したりスポンサー探してくれたりしてくれてさ。ホント感謝しなくちゃ……明日、楽しみにしててね。直哉に届くように、あたし、がんばって唄うよ。
智美は、チケットを握り締める直哉の手をその上からギュっと強く握り締め、そして、病室を後にした。
智美は三島駅のホームと地下通路を繋ぐ階段を降り、改札を抜けた後、南口バスロータリーにあるタクシー乗り場へと向かった。
時間はすでに午後の11時を過ぎていて、駅前に人影はほとんどなかったが、タクシー乗り場には帰路へと着くサラリーマン風の男性が3人並んでいて、智美はその列の最後尾に並んだ。
並んだ時点ではタクシーは一台もいなかったが、近くの信号が青になったのだろう、タクシー数台が列になって一気にタクシー乗り場へと流れ込んできた。
智美はその列の4台目に乗り込み、運転手に「伊豆総合病院までお願いします」と言った。
運転手は小さな声で「はい、分かりました」と智美に一言だけ言葉を返した。
ここから病院まではだいたい40分…どうしようか…よし、少し仮眠しよう。
智美はタクシーが駅前の商店街を抜けるのも待たずに、静かにその目を閉じた。
あの事故から一年もの時間が流れ、また、季節は桜の花が咲き乱れる頃を迎えた。
梅雨のジメジメした感じとか
真夏の日差しの強さとか
紅葉の色鮮やかな景色とか
神奈川に降ったすぐに融けてしまう雪とか
直哉と二人で感じたかった様々な季節のイベントは次々と無常に通り過ぎ、そして、一周してしまった。
あたしはこの一年もの間、一人でひたすら突っ走ってきた。時々、急に心がツラくなる時もあったけれど、なぜかその時は見えない何かがあたしの心を静かに癒してくれた。
プロデューサーの石川さんによるPR活動の助けもあって、ファーストシングルはオリコンランキング8位。
セカンドシングルはオリコンランキング3位。
そして、ファーストアルバムはオリコンランキング1位を獲得し、60万枚を売り上げるヒットとなった。
ひたすら曲の製作と、レコーディングに明け暮れた一年間が終わり、智美は歌手2年目を迎えようとしていた。
ついに、今年からは全国ツアーが始まる。
そして、今、智美は一年前にあの山で交わした小さな約束を果たすために、直哉のもとへと向かっていた。
「……さん!お客さん!起きてください。着きましたよ!」
「ん………」
智美が目を開けると、すでにタクシーは病院の正面玄関の前に着いていた。
「…すみませんが、少しここで待っていただけますか?10〜20分程で戻ってきますので」
「はい、大丈夫ですよ!あなたのことは同僚から聞いていますんで。心配せずに行ってきて下さい」
タクシーの運転手は、微笑みながら優しい口調でそう智美に言った。
あ、そうか。どうやら、一ヶ月に3〜4度この路線を決まって深夜に使うので、あたしのことを歌手だと知っているのかどうかは分からないが、噂がこの地域のタクシーの同業者たちに広まっていたようだ。
「…すみません。ありがとうございます。では…」
智美はタクシーを降り、病院の中へと入っていった。
疾うに病院の消灯時間は過ぎている。
薄暗がりの病院の廊下を進み、智美はエレベーターに乗り、直哉のいる階に降りた。
エレベーター正面にあるナースセンターには、夜勤当直で、すでに顔なじみになっている看護士の方が2名いた。
「こんばんは」
智美は軽く頭を下げ、小声でそう言った。
「あ、こんばんは、清田さん。毎回毎回言ってますけど、くれぐれもお静かにお願いしますね」
「はい」
智美は看護士が取り出した面会者名簿に名前を書き、また薄暗い廊下を、足音を立てずに静かに進み始めた。
廊下の左右にある病室から聞こえてくる患者さんたちの寝息やいびきの間を通り抜け、智美は直哉の病室のドアを静かに開けた。
そこで待っていたのは、いつもの穏やかな寝顔をしている直哉だ。
「…こんばんは、直哉」
智美は小さな声でそう言うと、直哉のベッドの隣にある椅子に座り、直哉の右手をそっと握った。
直哉…あたし、明日からついに全国ツアーだよ…あー、さすがにちょっと緊張するなぁ………リハーサルとか、音あわせとかがね、なんか、これでもか!ってくらいにやんなきゃいけなくてさ、もうホントくたくただよ…今日もさ、明日本番だからゆるめにするのかな?なんて思ってたらさ、全然そんな事なくて、たぶん…今日が一番しんどかったかもね…へへ、あたしエラいでしょ?…………一年前の今頃はまだ…あたしたちの未来がこうなるだなんて、ちっとも考えてなかったよね……ねぇ直哉、絶対目が覚めたらびっくりするよ、このあたしが、まさかの有名人の仲間入りになってるんだから。この前もね、街中で知らない人に言われたんだ、「頑張ってください」って。あれは…嬉しかったなぁ。なんか、応援してくれる人がいるって事はさ、すごい心強くて、またこれから頑張ろうって気を起こさせてくれるんだ。直哉も、色んな人から応援してもらってるんだから、みんなの気持ちを無駄にしちゃ駄目だよ。
智美はバッグの中からチケットを取り出し、それを直哉の手に握らせた。
一年前、あの山で…直哉言ってたよね…「もし智美が武道館でライブをするときは、一番良い席のチケットちょうだいね」って。あの約束…ちゃんと忘れてないよ。最前列のど真ん中…大変だったんだからね手に入れるの…石川さんにお願いして、ちょっとズルしちゃった。はは。でもいいよね。何しろ一年前からの予約席だったんだから。明日は…一番あたしから近い席で、あたしの曲を聴かせてあげるね……レコード会社の人がさ、みんな本当に良い人で、あたしの人生最大のわがままを聞いてくれたんだ。なんか……初めてらしいよ、武道館ライブのラジオ放送って。なんか著作権だかなんだか色々あってさ、社長は最初、絶対無理だって言ってたんだけど、石川さんが説得したりスポンサー探してくれたりしてくれてさ。ホント感謝しなくちゃ……明日、楽しみにしててね。直哉に届くように、あたし、がんばって唄うよ。
智美は、チケットを握り締める直哉の手をその上からギュっと強く握り締め、そして、病室を後にした。
Comments:4
- マホ毛 URL 2008-07-01 (火) 23:35
うぅむ
哀切さ漂う文章がうまいですなぁ- アルマーク URL 2008-07-02 (水) 22:21
マホ毛さん、初めまして!
コメントありがとうございます!
いえいえ、全然うまくなんてないですよー。拙い文章ですが、もしよろしかったら、最初読んでくださると嬉しいです!
これからよろしくお願いします!- 奏 URL 2008-07-03 (木) 23:39
1年経ったんですね。。
もうそろそろ直哉っ起きないと(笑
智ちゃんはこの一年で何年分、成長したのでしょう。。凄く強くなったのでは^^
全国ツアー、上手くいきます様に♪
直哉が目覚めて観ることが出来る事を願ってゞ(≧∀≦)/
次回も楽しみにしてますっv- アルマーク URL 2008-07-04 (金) 02:07
奏さん、こんばんは!
コメントありがとございます!
ほとんど直哉をスルーにしてしまってごめんなさい
でもこれから出てくるかもですよー!
是非、続きをお読みください!
