- 2008-06-26
- 小説 神様のロトリー
私の名前は牧野博之。
伊豆総合病院に勤務する神経外科医だ。
まだ32歳だけれど、今まで医療ミスは0で、患者からも信頼され、知識も幅広くあり、将来を期待されるホープだ。
今、私は自分の診察室で多くのレントゲン写真、MRI写真、エコー写真などとにらめっこをしている。
私は今日、彼にある悲痛な診断結果を下さなければならない。
私の担当患者に、木下直哉さんという患者がいる。
彼は交通事故に遭って以来、もう半年以上意識が戻っていない。
交通事故の際に負った肝臓や胃の損傷、また全身数箇所の骨折等はすでに完治し、あとは目が覚めるのを待つばかりなのだが、いっこうに彼の意識は戻らない。
意識が戻らない原因が分からないのだ。
確かに彼は交通事故で右側頭部を陥没骨折した。だが、奇跡的に脳に損傷は見られなかった。過去のデータと比べれば、彼の意識は早ければ数日、遅くても数週間以内に目覚めるはずだった。だが、それは間違いだった。
私は、戻らない彼の意識の原因を探るため、国内にいる様々な脳神経外科医に相談を持ちかけた。彼らの多くは、椎骨脳底動脈解離による脳幹梗塞を疑ったが、しかし、今こうして彼の脳の断面図や様々な検査結果を見る限り、その可能性は低い。もしかしたら、事故の衝撃により脳の中にある意識を司る神経が切れてしまった可能性もある。だが、その神経があるとされる部位に傷は見当たらない。
一つだけ、気になる点がある。彼の脳波の波形図をある有名な脳神経外科医に見せたところ、彼の脳波には意識不明時に出される特有の脳波の中に、定期的に睡眠時に出される脳波の波形が混じっているというのだ。それは、彼が夢を見ていることを意味する。
いずれにせよ、このままでは彼の脳の活動は弱まっていってしまうと思い、私は彼に最先端の医療技術である脊髄後索電気刺激手術も行った。成功率40%というこの治療に賭けてみたが、結果は我々の期待に沿うものではなかった。
今、こうして数々の検査結果を見ても、やはり彼の意識が戻らない原因は分からない。
「……………………………………」
私は、机の上にある彼のカルテを取り、歯を強く噛み締めた後、一つ大きくため息をついた。
そして、私は彼のカルテに、「原因不明による遷延性意識障害」と書き込んだ。
遷延性意識障害……俗にいう植物状態のことを指す。
もちろん、だからと言って彼に回復の道が閉ざされたワケではない。
だが…彼の家族にとってこの言葉の意味は、とてつもなく重い。
「……さて…彼の診察の時間だ」
俺はそう言うと、数々の検査結果が記された書類とカルテをファイルにしまい、机の上の聴診器とカバンを持ち、彼の病室へと向かった。
♪〜〜♪〜〜♪〜〜〜〜
彼の病室の前に着くと、中からかすかに音楽が漏れていた。誰かが見舞いに来ているようだ。
トンッ トンッ
「はーーい」
俺がドアをノックすると、中から元気の良い返事が返ってきた。
ガラララララー
「失礼します」
「あ、先生こんにちはー!診察ですか?」
「はい、ちょっと直哉君借りますね」
「はーい」
よく日焼けした男女4人が、直哉君を囲むように椅子に座り、楽しく笑いながら会話をしていた。彼らのことはよく知っている。直哉君のソフトテニス部の後輩たちだ。CDラジカセからはTOMOMIの曲が流れ、更にビデオカメラとケーブルで繋がれたテレビからはソフトテニスの試合の様子が映っていた。
大学が夏休みに入ってから、直哉君のもとには毎日必ず誰かしらが見舞いに来ている。詳しくは知らないが、どうやら彼らは直哉君の友達全員と連絡を取り、交代交代で来れるように予定を組んでいるとのことだ。
どこかで仕入れたのかは知らないが、彼に聴覚・嗅覚・触覚などで刺激を与え続けることが、彼にとっての最大のリハビリだということを知っているらしい。
彼らは部屋に来るとまずTOMOMIのCDをかける。そして楽しく会話しながら彼の好きなフルーツや、はたまたテニスボールの匂いを嗅がせたり、更にはテニスラケットを実際に彼の手に持たせて握らせたりしている。確かに、彼の好きなことを刺激として加えることはとても効果的だ。直哉君の家族も彼らの行動に非常に感謝しているようだ。
智美さんはというと、退院以来忙しい毎日を送っているそうで、昼間から夜の7時までの面会時間内にこの病院に来ることはとても難しいようだった。そこで、私は彼女のために特別に深夜の面会を許可した。
それ以来、彼女は時間が取れ次第、深夜に東京からタクシーで時々この病院に通っているようだ。
先週、直哉君の枕元に未発売のTOMOMIのファーストアルバムが置かれていたコトがあった。どうやら、智美さんが残していったようだ。
彼はたくさんの人に支えられている。
確かに、今はまだ彼らの懸命な努力のおかげか、彼の脳の活動が弱まっている、また弱まり始めたという兆候はない。
だが、私が今日彼に下した遷延性意識障害という診断結果も、まぎれもない現実だ。
私は彼の体温を測るために、彼の耳の穴にそっと機械の測定部分を入れた。
ピッ!
彼の体温は…36.3度。平熱だ。聴診も特に異常はなし。うむ、今日も変化はなし…か。
「それじゃあ私はこれで戻ります。彼のために…本当にありがとうございますね。直哉君、喜んでると思いますよ」
私は彼らにお礼を言った。
「いいんですよ。仲間として当たり前のことしてるだけですから」
「お〜〜〜〜〜!さすが部長!かっこいい事言う!」
「えぇ?だってそうじゃね?」
「絶対今の直哉さん聞いてたら「キモッ!」って心の中で思っ…」
ふふふ。
ガラララララー ガチャ。
俺は心の中で密かに笑いながら、静かにドアを閉めた。
……私の過去の経験と、様々な論文のデータから考えれば、彼の意識が今後、戻る確立は……原因がはっきりしていないから、あくまで憶測にすぎないが、おそらく…15%以下だろう……ところがなんだ。彼らの顔を見てみろ。まったく諦めてなんかいないじゃないか。こういう時、いつも最初に諦めるのは…我々、医者なんだ。…………そうだ。確かに過去のデータから考えれば直哉君の意識が戻るのは難しい。けど、その過去のデータの中に直哉君のデータはない。過去のデータ=直哉君の結果だなんて、いったい誰が決めた?我々が諦めたら、それでおしまいなんだ。我々が、諦めようとしてどうする!諦めたら、もう奇跡は起きないんだ…………よしっ!
俺は、海外の遷延性意識障害に関する論文をもっと探そうと思い、アメリカにいる友人の医師に連絡を取ることにした。
伊豆総合病院に勤務する神経外科医だ。
まだ32歳だけれど、今まで医療ミスは0で、患者からも信頼され、知識も幅広くあり、将来を期待されるホープだ。
今、私は自分の診察室で多くのレントゲン写真、MRI写真、エコー写真などとにらめっこをしている。
私は今日、彼にある悲痛な診断結果を下さなければならない。
私の担当患者に、木下直哉さんという患者がいる。
彼は交通事故に遭って以来、もう半年以上意識が戻っていない。
交通事故の際に負った肝臓や胃の損傷、また全身数箇所の骨折等はすでに完治し、あとは目が覚めるのを待つばかりなのだが、いっこうに彼の意識は戻らない。
意識が戻らない原因が分からないのだ。
確かに彼は交通事故で右側頭部を陥没骨折した。だが、奇跡的に脳に損傷は見られなかった。過去のデータと比べれば、彼の意識は早ければ数日、遅くても数週間以内に目覚めるはずだった。だが、それは間違いだった。
私は、戻らない彼の意識の原因を探るため、国内にいる様々な脳神経外科医に相談を持ちかけた。彼らの多くは、椎骨脳底動脈解離による脳幹梗塞を疑ったが、しかし、今こうして彼の脳の断面図や様々な検査結果を見る限り、その可能性は低い。もしかしたら、事故の衝撃により脳の中にある意識を司る神経が切れてしまった可能性もある。だが、その神経があるとされる部位に傷は見当たらない。
一つだけ、気になる点がある。彼の脳波の波形図をある有名な脳神経外科医に見せたところ、彼の脳波には意識不明時に出される特有の脳波の中に、定期的に睡眠時に出される脳波の波形が混じっているというのだ。それは、彼が夢を見ていることを意味する。
いずれにせよ、このままでは彼の脳の活動は弱まっていってしまうと思い、私は彼に最先端の医療技術である脊髄後索電気刺激手術も行った。成功率40%というこの治療に賭けてみたが、結果は我々の期待に沿うものではなかった。
今、こうして数々の検査結果を見ても、やはり彼の意識が戻らない原因は分からない。
「……………………………………」
私は、机の上にある彼のカルテを取り、歯を強く噛み締めた後、一つ大きくため息をついた。
そして、私は彼のカルテに、「原因不明による遷延性意識障害」と書き込んだ。
遷延性意識障害……俗にいう植物状態のことを指す。
もちろん、だからと言って彼に回復の道が閉ざされたワケではない。
だが…彼の家族にとってこの言葉の意味は、とてつもなく重い。
「……さて…彼の診察の時間だ」
俺はそう言うと、数々の検査結果が記された書類とカルテをファイルにしまい、机の上の聴診器とカバンを持ち、彼の病室へと向かった。
♪〜〜♪〜〜♪〜〜〜〜
彼の病室の前に着くと、中からかすかに音楽が漏れていた。誰かが見舞いに来ているようだ。
トンッ トンッ
「はーーい」
俺がドアをノックすると、中から元気の良い返事が返ってきた。
ガラララララー
「失礼します」
「あ、先生こんにちはー!診察ですか?」
「はい、ちょっと直哉君借りますね」
「はーい」
よく日焼けした男女4人が、直哉君を囲むように椅子に座り、楽しく笑いながら会話をしていた。彼らのことはよく知っている。直哉君のソフトテニス部の後輩たちだ。CDラジカセからはTOMOMIの曲が流れ、更にビデオカメラとケーブルで繋がれたテレビからはソフトテニスの試合の様子が映っていた。
大学が夏休みに入ってから、直哉君のもとには毎日必ず誰かしらが見舞いに来ている。詳しくは知らないが、どうやら彼らは直哉君の友達全員と連絡を取り、交代交代で来れるように予定を組んでいるとのことだ。
どこかで仕入れたのかは知らないが、彼に聴覚・嗅覚・触覚などで刺激を与え続けることが、彼にとっての最大のリハビリだということを知っているらしい。
彼らは部屋に来るとまずTOMOMIのCDをかける。そして楽しく会話しながら彼の好きなフルーツや、はたまたテニスボールの匂いを嗅がせたり、更にはテニスラケットを実際に彼の手に持たせて握らせたりしている。確かに、彼の好きなことを刺激として加えることはとても効果的だ。直哉君の家族も彼らの行動に非常に感謝しているようだ。
智美さんはというと、退院以来忙しい毎日を送っているそうで、昼間から夜の7時までの面会時間内にこの病院に来ることはとても難しいようだった。そこで、私は彼女のために特別に深夜の面会を許可した。
それ以来、彼女は時間が取れ次第、深夜に東京からタクシーで時々この病院に通っているようだ。
先週、直哉君の枕元に未発売のTOMOMIのファーストアルバムが置かれていたコトがあった。どうやら、智美さんが残していったようだ。
彼はたくさんの人に支えられている。
確かに、今はまだ彼らの懸命な努力のおかげか、彼の脳の活動が弱まっている、また弱まり始めたという兆候はない。
だが、私が今日彼に下した遷延性意識障害という診断結果も、まぎれもない現実だ。
私は彼の体温を測るために、彼の耳の穴にそっと機械の測定部分を入れた。
ピッ!
彼の体温は…36.3度。平熱だ。聴診も特に異常はなし。うむ、今日も変化はなし…か。
「それじゃあ私はこれで戻ります。彼のために…本当にありがとうございますね。直哉君、喜んでると思いますよ」
私は彼らにお礼を言った。
「いいんですよ。仲間として当たり前のことしてるだけですから」
「お〜〜〜〜〜!さすが部長!かっこいい事言う!」
「えぇ?だってそうじゃね?」
「絶対今の直哉さん聞いてたら「キモッ!」って心の中で思っ…」
ふふふ。
ガラララララー ガチャ。
俺は心の中で密かに笑いながら、静かにドアを閉めた。
……私の過去の経験と、様々な論文のデータから考えれば、彼の意識が今後、戻る確立は……原因がはっきりしていないから、あくまで憶測にすぎないが、おそらく…15%以下だろう……ところがなんだ。彼らの顔を見てみろ。まったく諦めてなんかいないじゃないか。こういう時、いつも最初に諦めるのは…我々、医者なんだ。…………そうだ。確かに過去のデータから考えれば直哉君の意識が戻るのは難しい。けど、その過去のデータの中に直哉君のデータはない。過去のデータ=直哉君の結果だなんて、いったい誰が決めた?我々が諦めたら、それでおしまいなんだ。我々が、諦めようとしてどうする!諦めたら、もう奇跡は起きないんだ…………よしっ!
俺は、海外の遷延性意識障害に関する論文をもっと探そうと思い、アメリカにいる友人の医師に連絡を取ることにした。
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Comments:2
- 奏 URL 2008-06-27 (金) 23:37
牧野先生頑張れ!!
全てはあなたにかかっているっ!
そして智ちゃんを始め、周りの人達に支えられていなければ、
直哉の脳機能はもっと低下していたのかも。。一日も早い意識回復を〜ゞ(≧∀≦)/
次回を楽しみにしておりまするっ♪- アルマーク URL 2008-07-01 (火) 21:52
奏さん、こんばんは!
コメントありがとうゴザイマス!
知ったかぶって医学的な視点から直哉を見てみました。適当なんで、医学的な記述は信じないで下さい
直哉のはこれからどうなるのか?ついに物語りは佳境に入ってゆきます!
これからもよろしくお願いします!
