- 2008-06-17
- 小説 神様のロトリー
スタッフからアコースティックギターを受け取り、TOMOMIは直接地面にあぐらを掻いて座った。
スポットライトが眩しい。
そして熱い。まるで真夏の太陽みたいだ。
あまりにも眩しくて、目の前にいるたくさんの人々の顔が霞んで見える。
ここが、あたしがいつも夢見ていた場所。あたしの生きる場所。
緊張感はなぜか消え失せた。なんでだろう、さっきまで感じていたあの緊張はどこへ行ってしまったのだろう。
体が、体がワクワクしている。自分でも信じられないくらいに。自然と笑みがこぼれる。
体の中から湧き上がるこの感覚、なんだか、とても気持ちが良い。
いつまでも感じていたい。ずっと感じていたい。
あ、そうか、これが歌手になったということなんだ。
ふと、TOMOMIは観覧席に目を向けた。
この日のために、わざわざ両親が観覧席に来てくれていた。
父は背筋を真っ直ぐに伸ばし、手を組んで、まるで睨むような強い視線であたしのことを見ていた。
母は、ハンカチで顔を覆っていて、すでに泣いている様子だった。
…ふふ、お母さん泣くの早いよ…あ、そっか。あたしの涙もろさってお母さんに似たんだ。
「それでは…準備が整いましたね。はい、それではTOMOMIで来週発売のデビューシングル「Thank you for…」です。どうぞ」
アナウンサーのその言葉で、TOMOMIに向けられているカメラに赤色のランプが灯り、スタッフから演奏開始を意味する合図が出された。
……直哉………よしっ!
2分47秒にわたるTOMOMIの演奏が、今、始まった。
TOMOMIのアコースティックギターのイントロに続き、エレキギター、ベース、ドラム、エレクトーンが曲を盛り立てる。
だが、あくまで主役はTOMOMIの唄声だ。彼らはTOMOMIの優しく力強い唄声を引き立てるために、あえて少し音は控えめに演奏をする。
曲はサビに入り、時折裏声を混ぜた高いキーの部分を、TOMOMIは目を力強くつむり、体から搾り出すように唄った。
もしかしたら、高いキーを出す部分ではまだ一流の歌手に比べたら劣っているかもしれない。だが、一生懸命に唄うその姿は、テレビの前にいるTOMOMIの過去を知る人々の涙を誘った。
TOMOMIは一生懸命唄った。強い想いが胸の中にあったからか、少し冷静さを欠き、時折、音を少しはずしてしまった。それでも、今のTOMOMIができる最高の演奏を、テレビカメラの向こう側のいる人のため、TOMOMIは最後まで一生懸命唄い切った。
2分47秒はあっという間だった。
曲が終わり、最後にTOMOMIがマイクに向かってそっと「ありがとうございました」と言うと、スタジオ中に大きく拍手が鳴り響いた。
目の前にいる大勢の人々が、今、あたしに向かって拍手をしてくれている。
絶対に、一生忘れられない景色が、そこにはあった。
「CMに入りましたー!」
スタッフの大きな声がスタジオに鳴り響いた。
近くで演奏を見守っていた石川さんがTOMOMIに近寄ってきて、握手を求めた。
TOMOMIは石川さんの手を力強く握り返し、そして、観覧席にいる両親に向かって、一度大きく頭を下げた。
ありがとう…お父さん、お母さん……直哉…
智美と直哉が所属する香川ゼミの同期生8人は、先生同意の上で通常のゼミの講義を欠席し、女子は智美の応援のため東京のテレビ局のスタジオへ、男子は静岡の直哉のもとへと別れて行動していた。
智美には内緒で来ていたため、そして周りには多くの観客がいたため、智美が彼女たちが応援をしに来てくれていたことに気付くことはなかった。
彼女たちは心配であった。もしかしたら唄っている最中に智美は直哉のことを思い出してしまい、泣き出してしまうのではないかと。
しかし、智美が一生懸命に唄う姿を見て、泣き出してしまったのは彼女たち自身であった。
男子が直哉のもとに向かったのには、一つ理由があった。直哉の病室にはテレビがないということを思い出したためだ。それでは、せっかくの智美の晴れ舞台を直哉に聞かせてあげることができない。そのため、男子たちは病院に直接行って、看護士にテレビを病室に置かせてもらうことを交渉するはずだった。
だが、すでに病室には直哉の両親がいて、テレビが設置されていた。どうやら、直哉の両親も同じ事を考えていたそうで、看護士に事情を説明し、テレビを設置してもらっていたらしい。
直哉の両親は直哉に良い友達がいることが嬉しかったようで、その場は友達たちに任せ、自分達は家に帰ってテレビを見ることにした。
やがて番組が始まり、病室内には智美の歌声が響きはじめた。
彼らは智美の歌声で、何か直哉に変化が起きることを心の中で願っていたが、特に何かが起こるコトも無く、番組は終わりを告げた。
彼らは直哉に「今、智美がミュージックエアポートに出てるよ!」と何度も言った。
だが、その声が直哉に届いていたのかどうか、分かる術はなかった。
「智美ちゃん…」
サキさんはベッドの上で一人うなだれ、病院の寄せ書きノートに書かれていた智美の言葉を思い出していた。
直哉に助けてもらったことを無駄にしないことが、あたしが直哉のためにできる一番大切なコト……か……すごいな、智美ちゃんは…。今だって、智美ちゃんの心の中には悲しい気持ちがないわけがないだろう。消えるワケがない。それでも、あんなにがんばってるなんて…………はぁ、俺は直哉のために何もすることができないのか…?
チャンチャカチャンチャカチャンチャンチャン♪
時間は午後の9時を回り、テレビでは新しい番組が始まった。
「超絶体験、アンビリーバブー!さぁ今日のアンビリーバブーは……」
テレビから、いかにも調子に乗っている男の人の声で「アンビリーバブー」と聞こえたため、サキさんは少しイラっとした。
うぜぇ…消すか…
サキさんはそう思い、テーブルの上に置いてあったテレビのリモコンを取った。
「今日のアンビリーバブーは、事件に巻き込まれ2年間も意識不明だった男性が、突然、目覚めたというポーランドで起きた実際の話………」
「…え?」
サキさんは、リモコンの電源ボタンを押すのを止めた。
スポットライトが眩しい。
そして熱い。まるで真夏の太陽みたいだ。
あまりにも眩しくて、目の前にいるたくさんの人々の顔が霞んで見える。
ここが、あたしがいつも夢見ていた場所。あたしの生きる場所。
緊張感はなぜか消え失せた。なんでだろう、さっきまで感じていたあの緊張はどこへ行ってしまったのだろう。
体が、体がワクワクしている。自分でも信じられないくらいに。自然と笑みがこぼれる。
体の中から湧き上がるこの感覚、なんだか、とても気持ちが良い。
いつまでも感じていたい。ずっと感じていたい。
あ、そうか、これが歌手になったということなんだ。
ふと、TOMOMIは観覧席に目を向けた。
この日のために、わざわざ両親が観覧席に来てくれていた。
父は背筋を真っ直ぐに伸ばし、手を組んで、まるで睨むような強い視線であたしのことを見ていた。
母は、ハンカチで顔を覆っていて、すでに泣いている様子だった。
…ふふ、お母さん泣くの早いよ…あ、そっか。あたしの涙もろさってお母さんに似たんだ。
「それでは…準備が整いましたね。はい、それではTOMOMIで来週発売のデビューシングル「Thank you for…」です。どうぞ」
アナウンサーのその言葉で、TOMOMIに向けられているカメラに赤色のランプが灯り、スタッフから演奏開始を意味する合図が出された。
……直哉………よしっ!
2分47秒にわたるTOMOMIの演奏が、今、始まった。
TOMOMIのアコースティックギターのイントロに続き、エレキギター、ベース、ドラム、エレクトーンが曲を盛り立てる。
だが、あくまで主役はTOMOMIの唄声だ。彼らはTOMOMIの優しく力強い唄声を引き立てるために、あえて少し音は控えめに演奏をする。
曲はサビに入り、時折裏声を混ぜた高いキーの部分を、TOMOMIは目を力強くつむり、体から搾り出すように唄った。
もしかしたら、高いキーを出す部分ではまだ一流の歌手に比べたら劣っているかもしれない。だが、一生懸命に唄うその姿は、テレビの前にいるTOMOMIの過去を知る人々の涙を誘った。
TOMOMIは一生懸命唄った。強い想いが胸の中にあったからか、少し冷静さを欠き、時折、音を少しはずしてしまった。それでも、今のTOMOMIができる最高の演奏を、テレビカメラの向こう側のいる人のため、TOMOMIは最後まで一生懸命唄い切った。
2分47秒はあっという間だった。
曲が終わり、最後にTOMOMIがマイクに向かってそっと「ありがとうございました」と言うと、スタジオ中に大きく拍手が鳴り響いた。
目の前にいる大勢の人々が、今、あたしに向かって拍手をしてくれている。
絶対に、一生忘れられない景色が、そこにはあった。
「CMに入りましたー!」
スタッフの大きな声がスタジオに鳴り響いた。
近くで演奏を見守っていた石川さんがTOMOMIに近寄ってきて、握手を求めた。
TOMOMIは石川さんの手を力強く握り返し、そして、観覧席にいる両親に向かって、一度大きく頭を下げた。
ありがとう…お父さん、お母さん……直哉…
智美と直哉が所属する香川ゼミの同期生8人は、先生同意の上で通常のゼミの講義を欠席し、女子は智美の応援のため東京のテレビ局のスタジオへ、男子は静岡の直哉のもとへと別れて行動していた。
智美には内緒で来ていたため、そして周りには多くの観客がいたため、智美が彼女たちが応援をしに来てくれていたことに気付くことはなかった。
彼女たちは心配であった。もしかしたら唄っている最中に智美は直哉のことを思い出してしまい、泣き出してしまうのではないかと。
しかし、智美が一生懸命に唄う姿を見て、泣き出してしまったのは彼女たち自身であった。
男子が直哉のもとに向かったのには、一つ理由があった。直哉の病室にはテレビがないということを思い出したためだ。それでは、せっかくの智美の晴れ舞台を直哉に聞かせてあげることができない。そのため、男子たちは病院に直接行って、看護士にテレビを病室に置かせてもらうことを交渉するはずだった。
だが、すでに病室には直哉の両親がいて、テレビが設置されていた。どうやら、直哉の両親も同じ事を考えていたそうで、看護士に事情を説明し、テレビを設置してもらっていたらしい。
直哉の両親は直哉に良い友達がいることが嬉しかったようで、その場は友達たちに任せ、自分達は家に帰ってテレビを見ることにした。
やがて番組が始まり、病室内には智美の歌声が響きはじめた。
彼らは智美の歌声で、何か直哉に変化が起きることを心の中で願っていたが、特に何かが起こるコトも無く、番組は終わりを告げた。
彼らは直哉に「今、智美がミュージックエアポートに出てるよ!」と何度も言った。
だが、その声が直哉に届いていたのかどうか、分かる術はなかった。
「智美ちゃん…」
サキさんはベッドの上で一人うなだれ、病院の寄せ書きノートに書かれていた智美の言葉を思い出していた。
直哉に助けてもらったことを無駄にしないことが、あたしが直哉のためにできる一番大切なコト……か……すごいな、智美ちゃんは…。今だって、智美ちゃんの心の中には悲しい気持ちがないわけがないだろう。消えるワケがない。それでも、あんなにがんばってるなんて…………はぁ、俺は直哉のために何もすることができないのか…?
チャンチャカチャンチャカチャンチャンチャン♪
時間は午後の9時を回り、テレビでは新しい番組が始まった。
「超絶体験、アンビリーバブー!さぁ今日のアンビリーバブーは……」
テレビから、いかにも調子に乗っている男の人の声で「アンビリーバブー」と聞こえたため、サキさんは少しイラっとした。
うぜぇ…消すか…
サキさんはそう思い、テーブルの上に置いてあったテレビのリモコンを取った。
「今日のアンビリーバブーは、事件に巻き込まれ2年間も意識不明だった男性が、突然、目覚めたというポーランドで起きた実際の話………」
「…え?」
サキさんは、リモコンの電源ボタンを押すのを止めた。
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