Home > 小説 神様のロトリー > #35 7月

#35 7月

俺の名前は佐々木誠。大学時代、みんなからはサキ、またはサキさんと呼ばれていた。なんでそんなアダ名になったかと言うと、「さ」が二回続く俺の名字は言いにくい、そして噛みやすいと友達に言われ、佐々木がいつのまにか略されてサキになった。

でも、そんなことは別にどうでもいい。

俺が大学を卒業して、4ヶ月もの月日が流れた。

俺は旅行代理店に就職し、一ヶ月間、東京の本社で研修を行った後、5月から広島市にある支店に配属になった。
広島での生活も、もうすぐ3ヶ月が経とうとしていた。

大学時代の友人たちは、皆、社会に出て「つまらない」「キツい」「しんどい」「就職失敗した」等と言っているけれど、俺はそうは思っていない。
第一志望の会社に就職し、そこでの仕事に特に不安も無く、以前からしてみたいと思っていた職に就けたからだ。まず、やりたい仕事に就けたというだけで、俺はかなり幸せな方だろう。

仕事は満足している。

そう、ただ仕事に関してだけは。

でも、19時になって仕事が終わり、同僚たちと飲みに出かけて、そして酔っ払って自分のアパートに戻った瞬間、どうしても、まず玄関で床に腰を下ろし、ネクタイを投げ捨て、頭を抱えて大きくため息を一つついてしまう。

未だに、直哉は意識が戻らない。

医者は、「彼の脳波は正常です。辛抱強く、彼の意識が戻るのを待ちましょう」と言っているけれど、あまりに時間が経ちすぎている。どことなく「もう彼とは話はできないのではないか」という雰囲気が、大学時代の仲間内には漂い始めていた。


7月29日
今日はいつもより早めに仕事を終わらせ、同僚たちとの飲みの誘いを断り、急いで帰宅した。

スーツを脱いでハンガーに掛け、テレビの電源を入れた。
チャーラーラーラー チャラーラーラーラーラー♪
「さぁ、本日も始まりましたミュージックエアポート!それではゲストの方を紹介していきましょう!」

よかった…なんとか間に合った。
部屋着に着替えた俺は、テレビの画面に食い入るように座布団の上に座った。

ギターのかっこいいメロディと共に、アナウンサーが歌手を一組ずつ紹介してゆく。
紹介された歌手は、ステージ奥に造られた階段を下りながら登場する。

「さあ、続きましては…」
そのアナウンサーの言葉に続き、一人の女性が階段の上に現れた。

「現在、ドラマの主題歌として話題沸騰中の歌手。本日がテレビ初登場、TOMOMIさんです!」
その女性は緊張しているのか、照れ笑いをしながらゆっくりと階段を下り始めた。
階段の両脇に作られた観覧席にいる人たちが、その女性に対して拍手を贈る。
拍手を贈ってくれた観覧席にいる人たちに対して、その女性は大きく頭を下げた。

「智美ちゃん…」
俺は思わずそうつぶやいた。

歌手全員の紹介が終わり、ステージ上には多くの有名な歌手たちが集った。
その中に一人、有名な歌手たちに肩を並べて、少しこわばった顔をしてあきらかに緊張している歌手がいた。

「がんばれ…智美ちゃん」
俺はテレビに向かってそう言った。

GLOY、安室美奈絵という有名な歌手の演奏が終わり、画面の右下に小さく「次はTOMOMI初登場」というテロップが流れ、番組は一旦CMに入った。

あぁ…次かぁ…あー、なんか緊張してきた。
俺は喉の渇きを感じ、冷蔵庫に入っているウーロン茶を取りに行った。コップに注いでテレビの前に戻ると、ちょうどCMが終わった。

「続いて、初登場、TOMOMIさんです」
メーン司会のモリタの声に続き、画面がTOMOMIのアップに変わった。

「初めまして、TOMOMIです。よろしくお願いします」
TOMOMIは元気よくそう言うと、一度カメラに向かって大きく頭を下げた。

きた…
俺はウーロン茶を一口飲んだ。

「えー、それでは始めにTOMOMIさんのご紹介VTRをご覧下さい」
そのアナウンサーの言葉で、画面が切り替わった。

VTRの映像で、TOMOMIは現在大学4年生の21歳。7月から始まった連続ドラマ「FACE」の主題歌に来週発売のファーストシングルが使われていること。自分で作詞作曲を行っているシンガーソングライターであること。今、注目の新人歌手だということが紹介された。

そして、画面が再びTOMOMIに戻った。

「えー…TOMOMIさんは、現在大学生!?」
モリタはTOMOMIにそう話を振った。

「はい、今、大学4年生です」
TOMOMIはそう答えた。

「ほぉ、大学生ですか…すごいですね。学業との両立は大変だと思いますが……えぇ、ご自身で曲を作られるとのことですが…いつ頃からご自身で曲を作られるように……?」
「そう…ですね……作り始めたのは…高校2年生くらいの時からですね…お金を貯めて、アコステ、アコースティックギターを買って…はい、それで自分で作り始めました」

あ…ちょっと噛んだ。でも、うまく誤魔化した。
「ふふっ」と俺は少し笑った

「えー、今月から始まった「FACE」というドラマで、TOMOMIさんの曲が主題歌として使われていると…」
モリタがそう言うと、会場内に拍手が鳴り響いた。
TOMOMIは照れ笑いを浮かべ、
「ありがとうございます」
と頭を下げながら言った。

「えー、今回そのドラマの主題歌…TOMOMIさんのデビュー曲を歌っていただくワケなんですが、この曲はどんな感じの曲なんでしょうか?」

「あ、はい、えー…この曲は…ですね、大切な人に対しての言葉では伝えきれないほどの感謝の気持ちを描いた曲です」

「なるほど……あ、では、TOMOMIさんそろそろスタンバイの方を…お願いします」

「あ、よろしくお願いします!」
頭を下げてそう言いながら、TOMOMIは立ち上がり、観覧席にいる人たちが贈る拍手の中、用意された隣のスタジオに向かって歩いて行った。

あぁ、緊張してるだろうな…がんばれよ、智美ちゃん…がんばれ…
俺はそう思いながら、コップに入っている麦茶を一気に飲み干した。

「それでは…準備が整いましたね。はい、それではTOMOMIで来週発売のデビューシングル「Thank you for…」です。どうぞ」
アナウンサーのその言葉で画面は変わり、紅い花と白い鳥が描かれたアコースティックギターを抱えて、あぐらを掻き直接床に座るTOMOMIの姿が映し出された。

先ほどまでは確かにあった緊張した表情は消え失せ、たくましい歌手としてのTOMOMIの姿が、そこにはあった。

Comments:4

URL 2008-06-14 (土) 00:49

智ちゃん頑張っているんですね^^
前向きになれて良かったです。智ちゃんや他の友達のエールが直哉の心に届く事を願ってvv
これで直哉の意識が早く戻れば・・
後遺症はないと思いますが、ソフトテニスもハードなスポーツ・・やはり寝たきりなのでと、それが気になる所ですっ!!
 そして続きを是非是非、楽しみにしておりますゞ(≧∀≦)/

アルマーク URL 2008-06-15 (日) 00:53

奏さん、こんばんは!
コメントありがとうございます!

悲しみを乗り越え、前に進みだした智美を応援してくださいi-237
そして直哉はどうなってしまうのか。

これからもよろしくお願いします!

藍色イチゴ URL 2008-06-15 (日) 21:20

テレビに出るって、緊張しますよねえ。でも、無事歌手としての勤め(?)みたいなものを果たしているみたいですね。

あとは、直哉君の意識が戻ることを祈るのみですね。
智美さんの歌、直哉君に届くといいですね。

それでは、また。

アルマーク URL 2008-06-16 (月) 21:24

藍色イチゴさん、こんばんは!
コメントありがとうゴザイマス!

ついにテレビ出演が叶った智美、無事にこなすことができたのか?
智美の歌声は、直哉に届いたのか?
などなど

続きもよろしくお願いします!

Comment Form

Trackback+Pingback:0

TrackBack URL for this entry
http://butakuma.blog82.fc2.com/tb.php/40-2df3c94a
Listed below are links to weblogs that reference
#35 7月 from GRAVITY

Home > 小説 神様のロトリー > #35 7月

Recent Comments
Recent Trackback
Search
Meta
Links
Feeds

Page Top