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#34 メッセージ

あれ……ヨネクッスの相川…さん…て…どこかで聞いたコトが…………あ、そうだ。確か直哉をスカウトした人だ…。

「あの…間違っていたら申し訳ありません。もしかしたら、直哉をセレクションに呼んでくれた方…ですか?」
智美は相川に尋ねた。

「あ…はい、そうです。私、そのセレクションの監督をやらせていただいた相川と申します。私のことは…えっと、彼から?」
「はい、以前、彼から話を聞きまして…」
「そうですか……」
相川はそう言うと、ベッドの横に置かれてある椅子にゆっくりと腰を下ろし、直哉の状態を確認するためだろうか、心配するような視線で直哉の顔を見た。

この人が直哉の見舞いに来たということは…ヨネクッスも直哉の状態を心配しているということ…だよね……直哉のセレクションの合格は…どうなったんだろう…?

「あの…」
智美が口を開いた。

「…はい、なんでしょう」
「あの…直哉は…セレクションに合格したんですよね…?」

その質問を聞いた相川は、少し間を置き、そして一つ大きく深呼吸をしてから答えた。
「本来なら…まだ彼は大学が一年間残っておりましたので、全日本ソフトテニス協会が指定する特別強化指定選手として、代表選手の強化合宿、日韓交流試合、国際大会などに参加させ、様々な経験を積ませた上で、卒業後、正式にヨネクッスのほうに入団する予定だったんですが…今はまだ分かりませんが、彼のこれからの状態によっては、その予定も変更になってしまうかもしれません…」

「で、でも、先ほど担当医の人が、直哉には障害は残らないと…」
智美はすぐさま相川にそう言い返した。

「…確かに…私も今朝、担当医の方からそういう連絡を受け、ここに来ました。これから担当医の方に彼の状態を詳しく聞かなければはっきりとは言えませんが…。ですが…その、スポーツ選手にとって、一番の敵は怪我です。世界的に見れば…例えばサッカー選手なら、大掛かりな心臓手術を受けたとしても、またサッカー選手にとって最も大切な部分である足首を粉砕骨折したとしても、それでも今現在、一流の選手として活躍している選手もいます。ですが、実はそのような選手はほんの一握りなのです。…大きな怪我をした後、再び表舞台に戻ることができたとしても、かつて以上に活躍することは非常に難しく、多くの選手は引退に追い込まれたり、また、絶対に諦めたくないという気持ちから無理をすることで怪我の再発を誘発し、怪我が慢性化する。これが現実なのです。スポーツ選手にとって、怪我というものは本当にやっかいな存在なのです。彼の怪我は完治はできても、もしかしたら無理をすれば再発するモノなのかもしれない。なので、今の段階では何も言えないのです」

「……………………」
相川の話を聞き、智美は言葉を失った。
…ソフトテニスができる体に戻れたとしても…それは日常レベルの話であって、もし、怪我の影響でこれ以上の上達が見込めなければヨネクッスには入団することはできない…

「直哉…」
か細い声で、智美はそう言葉を漏らした。

「………もう少し…私の話を聞いていただけますか?」
相川が、落ち込みはじめた智美に優しく言った。

「…え?はい…」
智美は相川の顔を見た。

「…彼は…私と最初に会ったのは…私が彼をスカウトした時だと思っているでしょうが…実は、それは違うんです」
「え?」
智美は驚いた。これは、いったい何の話なのだろう…

「私、全日本ソフトテニス連盟にも所属していまして…彼が高校3年生の…インターハイ準決勝の時、あの時…主審をしていたのは、この私なのです」

「…………………主審…?」
智美は、それ以上の言葉がでてこない。

「あの時…彼は惜しくも負けてしまいましたが…私は思いました。彼は、ポテンシャルが非常に高く、これからの努力次第では大きく成長するだろうと。ですが、その後彼は大学5部リーグ…つまりあまりソフトテニスが強いとは言えない大学へと進学したと聞き、私はこれでは彼は育たないのではないかと少し心配していました」

「…………………」
智美は、ただ静かに相川の話を聞いている。

「去年、今回のセレクションに招待する選手を探している中で、偶然、彼をある大会で見つけ、私は驚きました。彼はあの頃に比べて、持ち前の身体能力に、ちゃんとした技術が身に付き始めていた。上達していたのです。…監督も…ちゃんとした指導者もいない環境の中で、いったい彼は誰にソフトテニスを教わっていたのか…」

サキさんだ…。
直哉は、練習の時はいつもサキさんに教わっていたと言っていた…。
そうか…サキさんのおかげで直哉は上手くなれたんだ…
智美はそう思った。

「彼をセレクションに呼ぶことに、一切の迷いはありませんでした。その後、セレクション参加者の名簿を見たとき、インターハイ準決勝の時のメンバーが全員そろっていることに気付き、セレクションの際にあの時と同じ組み合わせで再戦させることにしました。その方が、彼らの実力を見るのが手っ取り早かったからです。…その時の彼のプレーは、私の予想を大きく越えるモノでした。そして、彼らが勝利していた時の喜びっぷりときたら…以前負けた事に因縁でも感じていたのでしょうか、本当に嬉しそうでした」

「あ…彼言ってました。リベンジ果たすことができて良かった…と」

「…はは、やはりそうですか。その時ペアを組んでいた葉山健太と本当に嬉しそうに抱き合ってましたからね。…確かに彼は上手い。ですが、あくまで彼はまだ発展途上です。まだまだ彼より上手い人も多くいます。ですが、彼には世界トップレベルに割って入ることができるポテンシャルを持っている。我々としても、彼を失いたくないし、彼もここで終わらせたいなどとは思っていないはずです。…私は、これから彼を全力でサポートするつもりでいます。ですから清田さん…彼のことはどうぞご安心ください」

相川の話が終わる頃、智美の目頭は熱くなり始めていた。

あはは…だめだ。あたしやっぱり涙もろくなってる…

智美は泣くのをこらえ、相川に向かって頭を深く下げた。
「彼のこと…よろしくお願いします」

「いえ、清田さんも、頑張ってください」
ニコっと微笑みながら、相川はそう智美に返事をした。

「…はい…グスッ」
智美は下げた頭を上げることができない。

「…それでは私は担当医の方に話を伺いに行きますので、これで失礼します」
相川はそう言うと、立ち上がってドアの方へと歩きだした。

「相川さん」
智美が相川を呼び止めた。

「…はい。なんでしょう?」

「……本当に…本当に、ありがとうございます」
智美は頭を下げたまま、相川にそう礼を言った。

「…いえ………それでは、では失礼します」
ガララララー ガチャッ
相川は静かに病室のドアを閉めた。


窓から涼しい風が入り込み、白いカーテンが静かにゆらゆらと揺れている。

ふと、智美はベッドの横にある棚の上に、一冊のノートが置かれているのを見つけ、それを手に取った。

「…………あ…」
ページをめくると、そこには直哉の多くの友達からの寄せ書きが、何ページにも渡って綴られていた。

すごい…こんなにいっぱい…お、サキさんだ…そっか、あたしのトコにも来てたな…サキさん字が汚い…これは…誰だろ地元の友達かな…お、洋子と隆弘…あ、この健太ってあの人のことかな?健太って人もセレクションに合格したんだ…良かった。これは部活の後輩かな?全部でどんくらいあるんだろう…50人くらいかな…。

智美は、直哉のために書かれたメッセージを一つ一つ読んでいく。

…はは、なんだよ直哉、すごいみんなに愛されてるんだね。直哉の体を心配してるのは、あたしだけじゃない。こんなに多くの人が、直哉のことを心配してくれてる…。なんか、ホントに一番心配してるのは、あたしだけのように感じてたな。…小さい世界の中で、一人だけで苦しんでたって感じだね。

智美は直哉の顔をチラッと見た。
多くの人の心配も知らずに、直哉は穏やかな顔をしながら眠っている。

「…しょうがないなぁ、みんなからのメッセージ、読んで聴かせてあげるね」
パラパラ…
えっと…最初はサキさんか。

「えー、まずは、佐々木誠…サキさんだよ。さすが元ペア。来るのが早いね。………字が…汚い…読みづらい(汗)

直哉へ
どあほう、お前ってやろうは…どんだけ…畜生、なんでこんなことに…なんて書いたらいいのかよく分からん。
智美ちゃんを守るために体を盾にするだなんて…やっぱりお前はすげーよ。お前のおかげで智美ちゃんは無事だ。安心しろ。
いいか、こんなトコでくたばんじゃねーぞ!
もし、くたばったりしやがったら…向こうで地獄のようなテニスの練習させてやるからな。覚悟しとけ!
したくないんだったら…ちゃんと帰って来い。
俺はお前がこんなトコでくたばるようなヤツじゃないって知ってる。
だから…頼む、帰ってきてくれ」

…そうですよね、サキさん。本当にむかついて、苦しくて、でもその感情をどこに向けたらいいのか分からなくて、どうしようもなかった。…あたしもそうだった。でも、サキさん、直哉は助かりましたよ。

「えーっと、続いてこれは誰かな?古川…彩?…あー…たぶん、あの時サキさんのとなりにいた女の人かな?てことは直哉の部活の先輩だね。

直哉へ
サキから直哉が事故に遭ったって聞いて、本当に心配になっ……………………………………」

智美はノートに綴られた友達や先輩、後輩からのメッセージを、直哉に届くように一句一句気持ちを込めて読み上げた。
彼らの心から直哉を心配し、励ますメッセージは智美の心までもを励まし、そして元気付けた。

ガラララー
「あ、いたー。清田さん、昼食どうするんですか!?早く食べないとトレイさげちゃいますよ!」
ドアを勢いよく開けたのは、いつもご飯を届けに来る看護士だった。彼女はあたしを探し回ったのだろう、眉間にシワを寄せ、少し怒った感じで智美にそう言った。

そうか…そういえば昼食のことをすっかり忘れていた。なんだか、一気にお腹減った。

「ごめんなさい。今すぐ戻って食べます」
「お願いしますね!」
ガララララー ガチャ
看護士は一言だけそう言い残し、病室のドアを閉めた。

「…………よしっ!」
えっと……ペン、ペン、ペン…は…と…あ、あった。

智美は棚の上に置かれていた一本のボールペンを取り、ノートにメッセージを書き始めた。

直哉へ
直哉に助けてもらったことを無駄にしないことが、あたしが直哉のためにできる一番大切なコトだよね。あたし、たぶんバカだからさ、そんな当たり前のコトに気付くのにこんなに時間が掛かっちゃった。ははは。でもね、ちゃんと気付いたから心配しないで。もう、大丈夫だよ。
早く直哉が元気になるのを心待ちにしてます。また、早く直哉と話がしたいです。笑い合いたいです。でも、今は静かに休んでください。
直哉、本当にありがとう。

「…ありがとう」
そう言って、智美はボールペンのキャップを静かに閉めた。




その日の夜、智美は病院の公衆電話で電話を掛けた。

プルルルルー………プルルルルー………プルッ ガチャ

「あ、もしもし、石川さんですか?清田です。……………はい、あの、退院日が決まりました。二日後です。………………………はい、もう大丈夫です。それでですね…石川さん、退院したら、すぐにボイストレーニングを始めたいんですが…」

Comments:2

藍色イチゴ URL 2008-06-11 (水) 23:22

 直哉君をスカウトした人が、準決勝の主審を務めていた人だったのですね。世間は狭いですねえ。
 テニス出来るのかな、と内心心配していましたが、後遺症はないと言うことで一安心です。再度、テニスの試合、出来たら良いですね。
 
 それでは、失礼します。

アルマーク URL 2008-06-12 (木) 23:46

藍色イチゴさん、こんばんは!
はたまたコメントありがとうございます!
ソフトテニスはマイナースポーツなので、案外こういう場面も本当にあるのでは、と思います。
直哉のこれからについては続きをどうぞ!

これからもよろしくお願いします!

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