- 2008-06-04
- 小説 神様のロトリー
4月9日 AM11:27
またまた、智美は窓から外を眺めていた。
智美の病室の窓からは、ちょっと遠くの方に一本の桜の木が見える。
この病院に入院した頃は満開だったあの桜の木は、もうすでに綺麗なピンク色をした花びらをすべて散らしてしまい、代わって緑色の葉を身に纏っていた。
季節は確実に変わり続ける。
誰にも止めることはできない。
いくら、今が止まって欲しいと願っても。そして、あの時に戻って欲しいと願っても。
ねぇ神様、もし、戻ることができるのなら、代わりにあたしは何を差し出せばいいですか?
直哉と出逢ったということも、歌手になれるということも、すべてなかった事にしてくれるなら、あの頃に戻してくれますか?
神様からの回答を、智美は心の中で少し待ったが、返事があるわけもなく、静かに時間はすぎてゆく。
…神様の………ばかやろう……
トン トンッ
誰かがドアをノックした。
そういえば、もう昼食の時間だ。
「はい、どうぞ」
ガラララー
あれっ?
智美の病室にやってきたのは、昼食を運びに来た看護士でもなく、はたまた見舞い客でもなく、今まで会ったことがない男の医者だった。
「こんにちは、清田さん」
男の医者はそう言うと、智美のいるベッドの前へとやってきた。
「あ……はい…」
なんだろう…なんか検査でもあるのかなぁ?
その男の医者は少し微笑むと、智美に向かって口を開いた。
「私、木下直哉さんの担当医をしている牧野といいます」
「!!」
その牧野と名乗る医者の言葉を聞いた瞬間、智美の体が硬直した。
直哉の……担当医!?なに…?直哉に何かが…?まさか…!
「はは、そんなにこわばらないで下さい。悪いニュースを伝えに来たわけではありません」
牧野は優しく微笑みながら、智美にそう言った。
え?ということは…もしかして直哉…
牧野は一度力強く目をつむると、智美に向かって話し始めた。
「未だに…意識は回復してはおりませんが…それでも危険な状態からは抜け出すことができました。もう、木下さんは大丈夫ですよ」
その瞬間、智美の体から、まるで目が眩む時のように力が抜け、そして、ゆっくり大きく智美は安堵のため息をした。
よ、良かった〜〜…あぁ……はぁ………直哉………あぁ…
気持ちが、うまく言葉にならない。
体に力が入らない。
「あ、ありがとうございます!本当に良かった。…あ〜〜〜〜…あぁ…本当に…本当にありがとうございます!感謝します!」
「いえ、すべては彼の生きたいという気持ちが強いからだと思います」
まだ意識が回復していないとはいえ、「最悪の結果だけは避けることができた」「回復傾向にある」という事実が、智美の心を少し元気づけた。
「本日から、木下直哉さんはこの外科病棟に移っています。彼にお会いになりたいですか?」
「え?」
直哉に…会える?
そう智美は思うと、段々、自分の心臓の鼓動が早くなってゆくのを感じた。
いったい、今、直哉はどんな状態なんだろう、痛々しい姿をしていないだろうかと考えると、楽しみというより怖いという感情の方が強くなってくる。
それでも、智美の心に迷いはなかった。
「是非、彼と会いたいです」
智美は、強い口調でそう医師に答えた。
「…分かりました。それでは、今、車椅子を持ってまいりますので、少々お待ちください」
「…はい。お願いします」
ガラララー…ガチャッ。
医師は車椅子を取りにゆくため、部屋から出て行った。
智美は目をつむった。
頭の中に、事故の記憶が自然と蘇る。
直哉におにぎりを食べさせようとした時、、突然、大きな音がして、直哉があたしの手を引っ張り、上から抱きついてきた。
「直哉?どうしたの?」と聞こうとしたが、その瞬間、まるで近くで爆弾が爆発したような、鼓膜が破れそうな大きな音と共に、衝撃が体を襲い、あたしは気を失った。
あっという間のできごとだった。あたしは何もすることができなかった。
目覚めたとき、まだ頭がボヤけていて、その時は自分たちに何が起きたのかが理解できなかった。気付くと血まみれの直哉が目の前にいて、直哉の携帯からセレクションの合格を知らせる音楽が流れていた。体を揺すって必死に直哉を起こそうとしても、彼は何も反応せず、ただ、あたしの体の上でぐったりしているだけであった。
突然、運転席側のドアが開き、2〜3人の男の人が「ガソリンが漏れ出している。危険だから外へ」と、あたしと直哉を抱えて外へと連れ出した。
彼らはあたしに水を与え、必死に直哉に「しっかりしろ」と声を掛けていた。
あたしは直哉のそばで、ただガタガタと震えながら「これは夢なんだ」願っているしかなかった。
気付くと、左足に激痛がはしった。その痛みで頭の中がクリアーになり、次第にこれは現実だということを認識し始めた。やがてパトカーと救急車が現れ、先に直哉が救急車に乗せられ、どこかへと連れて行った。その後、来たもう一台の救急車にあたしが乗り込んだ時、あたしはようやく、自分は直哉に助けられたということに気付いた。その瞬間、涙がどっと溢れ出し、あたしを乗せている担架のシーツを涙が濡らした。
その後、病院の医師から直哉は意識不明の重体と聞かされ、あたしの心には、まるで包丁が10本くらい突き刺さった位の激痛が走った。
医師の表情から直哉は予断を許さない状態というのが見て取れた。
それからはずっと…あたしは生きているようで、でも実は生きていないような感じがしていた。
あれから2週間が過ぎた。毎晩、布団の中で泣いた。
でも、直哉は助かったんだ。
……ははは、なんかまた泣きそうになってきちゃった。だめだ、なんか涙もろくなっちゃったかな…直哉の前では泣かないって決めたんだから、耐えなきゃ。
ゆっくりと、智美は目を開けた。目頭に溜まった涙で、視界が少しにじむ。
ガラララララ…
牧野が車椅子を持って戻ってきた。
「それでは、行きましょうか」
またまた、智美は窓から外を眺めていた。
智美の病室の窓からは、ちょっと遠くの方に一本の桜の木が見える。
この病院に入院した頃は満開だったあの桜の木は、もうすでに綺麗なピンク色をした花びらをすべて散らしてしまい、代わって緑色の葉を身に纏っていた。
季節は確実に変わり続ける。
誰にも止めることはできない。
いくら、今が止まって欲しいと願っても。そして、あの時に戻って欲しいと願っても。
ねぇ神様、もし、戻ることができるのなら、代わりにあたしは何を差し出せばいいですか?
直哉と出逢ったということも、歌手になれるということも、すべてなかった事にしてくれるなら、あの頃に戻してくれますか?
神様からの回答を、智美は心の中で少し待ったが、返事があるわけもなく、静かに時間はすぎてゆく。
…神様の………ばかやろう……
トン トンッ
誰かがドアをノックした。
そういえば、もう昼食の時間だ。
「はい、どうぞ」
ガラララー
あれっ?
智美の病室にやってきたのは、昼食を運びに来た看護士でもなく、はたまた見舞い客でもなく、今まで会ったことがない男の医者だった。
「こんにちは、清田さん」
男の医者はそう言うと、智美のいるベッドの前へとやってきた。
「あ……はい…」
なんだろう…なんか検査でもあるのかなぁ?
その男の医者は少し微笑むと、智美に向かって口を開いた。
「私、木下直哉さんの担当医をしている牧野といいます」
「!!」
その牧野と名乗る医者の言葉を聞いた瞬間、智美の体が硬直した。
直哉の……担当医!?なに…?直哉に何かが…?まさか…!
「はは、そんなにこわばらないで下さい。悪いニュースを伝えに来たわけではありません」
牧野は優しく微笑みながら、智美にそう言った。
え?ということは…もしかして直哉…
牧野は一度力強く目をつむると、智美に向かって話し始めた。
「未だに…意識は回復してはおりませんが…それでも危険な状態からは抜け出すことができました。もう、木下さんは大丈夫ですよ」
その瞬間、智美の体から、まるで目が眩む時のように力が抜け、そして、ゆっくり大きく智美は安堵のため息をした。
よ、良かった〜〜…あぁ……はぁ………直哉………あぁ…
気持ちが、うまく言葉にならない。
体に力が入らない。
「あ、ありがとうございます!本当に良かった。…あ〜〜〜〜…あぁ…本当に…本当にありがとうございます!感謝します!」
「いえ、すべては彼の生きたいという気持ちが強いからだと思います」
まだ意識が回復していないとはいえ、「最悪の結果だけは避けることができた」「回復傾向にある」という事実が、智美の心を少し元気づけた。
「本日から、木下直哉さんはこの外科病棟に移っています。彼にお会いになりたいですか?」
「え?」
直哉に…会える?
そう智美は思うと、段々、自分の心臓の鼓動が早くなってゆくのを感じた。
いったい、今、直哉はどんな状態なんだろう、痛々しい姿をしていないだろうかと考えると、楽しみというより怖いという感情の方が強くなってくる。
それでも、智美の心に迷いはなかった。
「是非、彼と会いたいです」
智美は、強い口調でそう医師に答えた。
「…分かりました。それでは、今、車椅子を持ってまいりますので、少々お待ちください」
「…はい。お願いします」
ガラララー…ガチャッ。
医師は車椅子を取りにゆくため、部屋から出て行った。
智美は目をつむった。
頭の中に、事故の記憶が自然と蘇る。
直哉におにぎりを食べさせようとした時、、突然、大きな音がして、直哉があたしの手を引っ張り、上から抱きついてきた。
「直哉?どうしたの?」と聞こうとしたが、その瞬間、まるで近くで爆弾が爆発したような、鼓膜が破れそうな大きな音と共に、衝撃が体を襲い、あたしは気を失った。
あっという間のできごとだった。あたしは何もすることができなかった。
目覚めたとき、まだ頭がボヤけていて、その時は自分たちに何が起きたのかが理解できなかった。気付くと血まみれの直哉が目の前にいて、直哉の携帯からセレクションの合格を知らせる音楽が流れていた。体を揺すって必死に直哉を起こそうとしても、彼は何も反応せず、ただ、あたしの体の上でぐったりしているだけであった。
突然、運転席側のドアが開き、2〜3人の男の人が「ガソリンが漏れ出している。危険だから外へ」と、あたしと直哉を抱えて外へと連れ出した。
彼らはあたしに水を与え、必死に直哉に「しっかりしろ」と声を掛けていた。
あたしは直哉のそばで、ただガタガタと震えながら「これは夢なんだ」願っているしかなかった。
気付くと、左足に激痛がはしった。その痛みで頭の中がクリアーになり、次第にこれは現実だということを認識し始めた。やがてパトカーと救急車が現れ、先に直哉が救急車に乗せられ、どこかへと連れて行った。その後、来たもう一台の救急車にあたしが乗り込んだ時、あたしはようやく、自分は直哉に助けられたということに気付いた。その瞬間、涙がどっと溢れ出し、あたしを乗せている担架のシーツを涙が濡らした。
その後、病院の医師から直哉は意識不明の重体と聞かされ、あたしの心には、まるで包丁が10本くらい突き刺さった位の激痛が走った。
医師の表情から直哉は予断を許さない状態というのが見て取れた。
それからはずっと…あたしは生きているようで、でも実は生きていないような感じがしていた。
あれから2週間が過ぎた。毎晩、布団の中で泣いた。
でも、直哉は助かったんだ。
……ははは、なんかまた泣きそうになってきちゃった。だめだ、なんか涙もろくなっちゃったかな…直哉の前では泣かないって決めたんだから、耐えなきゃ。
ゆっくりと、智美は目を開けた。目頭に溜まった涙で、視界が少しにじむ。
ガラララララ…
牧野が車椅子を持って戻ってきた。
「それでは、行きましょうか」
