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200804

#26 夢

「ほら、もうすぐ着くよ!がんばれ智美!ファイトーー?」
「はぁ…はぁ…はぁ…いっぱーつ…」

直哉は右手に智美の大きなアコースティックギターを持ち、左手で智美の右手を引っ張りながら、坂道を空へ向かって歩いてゆく。

智美はふと横に目を向けた。

景色


自分たちがさっき走ってきた道が、どんどんと小さくなってゆく。
遠くに富士山がうっすらと見える。
綺麗だ。とても。
でも、歩くのに必死であまり風景に見浸る余裕がない。

直哉にとってはなんてことはない坂道だが、普段、特に運動はしない智美にとっては少しこの坂道は酷なようで、息を切らしながら必死に直哉の手を握って坂道を登ってゆく。

二人は少しずつ、少しずつ、手を繋ぎながらゆっくりと前へ進む。

「お、智美見えてきたよ!ほらっ!」
「え?」
智美は顔を見上げた。

頂上


「はぁ、はぁ…つ、着いた…」
「智美、大丈夫?」
「うん…はぁ、はぁ…平気だよ……す、すごい!…」

小さな頂上にあったのは、並ぶように置かれた二つの大きな石と、山頂と表示された看板のみ。
周りに視界の妨げになるものはなにもなく、360度広がる壮大な景色に智美の目は奪われた。

「……………………………………………」
智美はなにもしゃべらず、ただ、目の前に広がる景色を眺める。

「どう?ここ、いいでしょ?ここが俺の一番好きな場所です」
「……………………うん、ほんとにすごいよ。こんなすごい景色、初めて見たよ」
「だろ?だってね、昔なんかの国際写真コンテストで出された日本代表の写真が、ここからの風景写真だったんだってさ。なんと日本代表っすよ?智美さん」
「……………………へぇ…じゃ、日本1だ」
「へへ……………………そゆこと。日本1位だ。あ、そうだ智美。こっち来て」
「え?」
「うーん、よいしょ!」
直哉は頂上にある大きな石の上に登った。

「ほら、智美この石の上に立ってみ!これがね、本当のここからの景色の見方ってヤツなんだ。はい!」
直哉微笑えみながら、智美に向かって手を伸ばした。

「……………………うん!」
智美は直哉の手を握って、その手を借りて石の上に登った。

「……………………わぁ…」
おもわず、智美は目を大きく見開いた。
そこからの景色は、ここが本当に地上なのかと疑いたくなる景色だった。

「……………………直哉」
「うん?」
「もっと早く教えて欲しかったなぁ。この場所」

たった高さ1メートル程の石の上に立っただけなのに、こんなにも景色が違って見えるものなのだろうか。
智美はそう思った。

まるで、空に浮いているような感覚。この感じ、とても言葉では言い表せられない。

「どうさ?これがこの場所の本当の景色!空飛んでるみたいでしょ?」
「うん……………………なんか、ほんと空を飛んでるみたいで、ちょっと怖いね」
「あー、ね、俺も最初はちょっと怖かった」

二人は手を繋いで、石の上で横に並んで目の前に広がる景色を眺める。

「……………………なんかさ、世界の絶景100選とかなんとか、そんなTV番組で誰かが言ってたんだけどね」
「うん」
「その人がね、どっかで絶景見た時さ、「自分が悩んでることなんて、実はすごいちっぽけな事なんだなってこの景色を見て思いました」とか言ってたんだけどさ」
「うん」
「今……………………なんか、あたし少しその気持ちが分かった様な気がする」
「……………………ふふ、なんか、俺のロマンチストっぷりが少し智美に移ってきたんじゃない?そんなセリフ言うなんて」
「え!?そ、そうかな?やっぱ似てくるんだよ」
「ふふふふ!そうだね。似てきたんだよやっぱ。…でもさ、この景色を見てるとさ、これからもがんばろうって気にはなるよね」
「そうだね。うん。そう思う」

直哉は智美の横顔を見た。
これからも、この横顔を見られることが、俺の幸せだ。
直哉はそう思った。

「世界1のソフトテニスプレーヤーになってやるーーーーーー!!!!!!!!」
「えぇ!?」
直哉は目の前に広がる景色に向かって叫んだ。
突然の直哉の大声に、智美はびっくりした。

「以上、俺の夢でした。智美の夢は?」
「え?あたしの夢?」

智美は微笑む直哉の横顔をちらっと見た。
これからもこんな横顔を見ていたいな。
なんだか、智美はそう思った。

「ふふ!……うーーん…………………そうだな、よし!」
智美は大きく息を吸い込んだ。

「武道館でライブしてやるーーーーーーーー!!!!!!!」

智美の大きなその声は、やまびこで帰ってくることもなく、遠く空の彼方へと消えていった。

「以上、あたしの夢でした。あーー、なんかすっきりした。へへ」
「ねぇ、そろそろ唄ってほしいな」
「うん、じゃ、支度しよっか」

最後に、二人は石の上でキスをした。優しく抱き合い、強く冷たい風を体で感じながら。
二人の未来は、希望で満ち溢れていた。これからも、二人で笑いながら生きていける。そう思っていた。

生きる力

木


上に向かって、上に向かって。

ただ、上に向かって、力強く。

例え、自分に置かれた立場が他人と比べて苦しくったって、それでも、上に向かって、力強く。

何も言わずに、ただ、上に向かって。

別にかっこつけてるワケじゃない。

僕は、生きるために上に向かう。

#25 空に向かって続く一本の坂道

「なんだっけあの先生の名前………あ、そうだロバートだロバート!あの先生な、なーーーんでいっつも俺ばっか指すんだろうね。すっげー疑問だったんだよあれ。だってさ、一回の授業で必ず一回は俺のこと指してたもん」
「ははは!そうそうそう!直哉すっごい指されてたよね!すごい懐かしい!指された時さ、小声で「また俺かよ…」とかってグチってたもんね」
「だってさー、「hey! Somebody! ………no!? oh…ニホンジン、ミンナシズカデスネ……ok! Naoya Kinoshita! Please read next sentence!」 ってね!いつのまにか覚えちゃったよ、あのセリフ」
「そうそう!言ってた言ってた!あー懐かしい、お腹いたい………!!あれはね、直哉の英語の発音が良かったからだよ。みんなのお手本になるからさ。だからだよ」
「そうかなぁ………なーんかあの先生、俺の事いじくって遊んでた気がすんだよなぁ」
「はははははは!たぶんそれもある!いや、ていうか絶対それだ!」


二人を乗せた車は海岸沿いの道をひたすら太陽の方角へ突き進む。

こんな景色が見える道


海面が太陽の光を反射し、海の上に光の道を作り上げている。眩しくて、少し目が痛いくらいだ。

大学に入学した時、はじめに友達になったのは誰か?
二人の会話の話題はまずそこから始まった。

講義の時間が高校の時より長くて、すごい眠かったこと。

部活の合宿で肝試しをして、転んで膝をすりむいたこと。

枕投げをして遊んでいたら障子を破いてしまい、三時間正座させられたこと。

英語の講義の時間、やたらと先生に指名されたこと。

今だから言える友達の裏話。

などなど。
これまでの3年間の思い出を、二人は話し続けた。車中に二人の笑い声が途切れることはなく、好い雰囲気のまま、二人を乗せた車は目的地へと近づいていく。

最初の目的地はとあるスカイラインにある小さな駐車場。そこから歩いて5分位のところに、直哉が一番好きな景色の見える場所がある。そこで、直哉は智美に唄ってもらうつもりなのだ。

やがて、車は海岸沿いの道から外れ、深い森の中へと入っていった。どこまでも坂道が続き、所々で眼下には海を望むいい景色が広がり始める。

直哉にとってこの場所は実家に程近く、何度か通ったことがある道だが、智美とっては初めて訪れる地域であり、時折見える良い景色に目を奪われていた。

「すごーい、へーーー、久々にこんな景色見たよー!この辺に直哉の街があるんだ?」
「んー、ここからだったら、まだ車で1時間はかかるかな?でも、良く来たんだこの辺は。イチゴ狩りができるところがあってさ、高校の時に部活の友達とよく来てたんだよ。自転車で」
「自転車で??ちょっと遠くない?だって車で1時間って…けっこうあるんじゃない?」
「そうでもないよ。急げば自転車で2時間くらいで来れるし」
「……へぇ〜…、さすが運動部」
「体育会系ですから」


二人を乗せた車はスカイラインへと入った。平日ということもあり交通量も少なく、快適に直哉は車を走らせる。山の稜線上を走るこの道からは左右に壮大な景色を望むことができ、智美は「すごい、すごい」という言葉しか言うことができない。

そして、車は最初の目的地である、稜線上にある小さな駐車場に着いた。

車5台分ほどしかないスペースの駐車場に他の車はなく、堂々と直哉は車をその中へ停めた。
フロントガラス越しに壮大な風景が広がる。

「ほい!着いたよー!」
「おーーーー!」
智美はすぐに助手席側のドアを開けて、外へ出た。直哉も車のエンジンを止め、外へ出る。

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!あー気持ちいい!」
智美は横に大きく手を広げて、一度、大きく体を伸ばした。
目の前に広がる景色を眺める。空気がよく澄んでいるから、遠くまでよく視える。

「どう?良いでしょ、ここ」
「うん…………100点だね」
「へへ、だろ?」


山に吹く、少し強く冷たい風。だが、暖かい日差しのおかげか、寒いというわけではない。むしろ、風の冷たさが心地よく感じる。

「…うん!ここなら確かに気持ちよく唄えるね!誰もいないし。…よし、そんじゃ、唄の準備しますかね」
「え?ここじゃないよ」
「……えぇ??ここじゃないの?」
直哉が言っていた「絶景が見える場所」というのは、この駐車場のことなんだと、智美は思っていた。
どうやら違うらしい。

「ほら、あそこに細い道あるじゃん。あそこ行くんだ」
「え?」
智美は直哉が指さした方向を見た。

空に向かって続く一本の坂道


「え!?ここ行くの?」

空に向かって続く一本の坂道。いったい、どこに繋がっているのだろう。

#24 D

「もしもし?今、着いた。………うん。………うん、あ、じゃあ、このままコンビニの駐車場で待ってるよ。………うん、じゃあね」
プツ

晴れた。
雲ひとつ無い、快晴だ。気持ち良い。
昨日の雨が空中にあったチリをすべて洗い流したのだろう、空は綺麗に澄んだ濃い青色をしている。
昨日の天気予報が言っていたように、気温もどんどんと上がっているようだ。暖かい日差しと、少し涼しい風。ドライブと温泉にはもってこいの日だ。
ガソリンも満タンにしたし、準備万端。
そういえば、桜も今、ちょうど見ごろだったな。桜もついでに見に行こうかな。


智美のアパートの近くにある県道沿いのコンビニに車を停め、智美が来るのを待つ間、直哉はコンビニで買い物をすることにした。自分に麦茶、智美のためにミルクティーを買い、コンビニを出たところで直哉は一口麦茶を口にした。
通りの向いにある家の庭には、一本の桜の木があり、綺麗な色をしたピンク色の花びらを無数に身に纏い、咲き乱れていた。昨日の雨で少し散ってしまったかと思ったが、そんな事はなく、力強く咲いている。
ふと、桜を見ていて直哉は昨日の夕方に見た夢のことを思い出した。

そういえば、昨日変な桜の夢見たなぁ。変にリアルだったなあれ。…なーにが「苦痛の変わりに幸せ」だ。十分、今は幸せだよ。例え俺の結果が悪くとも、それでも十分幸せだ。うんうん。間違いない。

直哉の結果は今日か明日に来る。
もし、直哉の携帯からロッキーのテーマが流れれば合格。
もし、エクソシストが流れれば不合格。
セレクションの成績は良かったから、ある程度合格する自信はある。だが、自分は決して強くないK大学のソフトテニス部に所属している。それがマイナスの選考材料として扱われていなければいいのだが。
しかし、いずれにせよセレクションでできる限り自分の最高のプレーをしたつもりだ。だから、もしそれで落ちたら仕方ない。潔くあきらめる。
直哉は覚悟を決めていた。今更、あーだこーだ言ったところで何も変わらない。静かに連絡が来るのを待つと。

直哉は車の中に戻り、カーステレオにCDを入れて音楽を掛けた。
車中に流れ始めた音楽はL.A.SQUASHのWednesday。
直哉と智美にとって、互いが仲良くなるきっかけを作ってくれた曲だ。

「…もう、初めて会った時から、2年半も経ってるんだよな…長かったような短かったような…」
フロントガラス越しに見える青空を見上げながら、昔のことを思い出し、一人そんな事をつぶやく。

コン コンッ
誰かが助手席の窓を叩いた。智美だ。背中には見慣れた大きなアコースティックギターを背負っている。

ウィーーーーーーン
直哉は助手席の窓を開けた。

「おまたせ」
「おはよう智美」
「おはよ、直哉。悪いけど、ギター中に入れるのちょっと手伝ってくんない?荷物重くて」
「あ、ほいほい。分かった」

直哉は運転席側から外に出て、智美のもとへ向かった。
智美はギターのほかにも大きなカバンを抱えていた。
後部座席のドアを開けて、直哉は荷物をその中へ入れるため智美から荷物を受け取った。

ズシ!
カバンは予想以上に重たく、取っ手が直哉の手にくい込む。

「これ何入ってるの?重!」
「へへー、秘密!後でのお楽しみだよ」
そう言うと智美は背負っていたギターも直哉に渡し、そそくさと助手席のドアを開け、席に座った。

「…あ、この唄…」
車内のスピーカーからはちょうどWednesdayのサビが流れていた。

直哉はカバンとギターを後部座席に乗せ、運転席へと戻った。
智美は耳を澄まして音楽を聴いているようだ。

「この曲覚えてる?」
直哉は智美に聞いた。

「………もちろん、覚えてるよ。なんていうか…ある意味あたし達のオープニングテーマソングだよね。へへ」
微笑みながら智美は答えた。

「確かに!ある意味俺たちのオープニング曲だよね。…なつかしいでしょ?…まぁ今日はさ、L.A.SQUASHメドレーでも聴きながら色々思い出して昔話でもしつつ、なんてか…未来の事はひとまず置いといてさ、のんびり行きませんかい?」
「………………………そうですね。そうしましょうか」
「そうしましょ。それでは、しゅっぱーーーーーーーつ!!しんこーー!!」
「しゅっぱーーーーーーつ!」

直哉は車のギアをDに入れ、二人を乗せた車はゆっくりと前へ動き出した。

まさか、後部座席に一枚の大きな桜の花びらが紛れ込んでいるとも知らずに。

雲海

1
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2
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富士山


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夕焼け


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#23 安心

「えっと…、とりあえずゼミの先生には言わなきゃダメじゃん。もしかしたら休まなきゃならない日も出てくるかもしれないし。あとは……友達だよね…なんて言えばいいんだろ。部活の人にも言わなきゃいけないし。後輩とかどう思うんだろ…一番怖いのは周りがあたしを視る視線が変わるかもしれないって事なんだよね…だぶん、たぶん平気だと思うけどさ、なんか怖い」
「だーいじょーぶだよ智美。なんだかんだね、みんな変わらないと思うよ。智美の友達だってさ、智美が歌手になったから友達止めるだなんて、そんな事思わないよ。みんな分かってるって。これからも同じように接してくれるって」
「…だよね。そうだよね。あぁ、…なんだろ、なんかあたし色々考えすぎだ」

智美はコタツのテーブルの上で腕を組み、その腕の間に顔をうずめた。どうやら、智美は精神的にも肉体的にも、少し疲れを感じているようだ。
直哉は智美と2年もの間、一緒に過ごしてきたとあって、ちょっとしたしぐさでその時、智美がどう思っているのかがふいに分かってしまう。

「てかさ俺思うんだけど、絶対さ、智美部活の時にみんなの前で唄わされると思うよ。下手するとみんなの伴奏付きで」
「え〜〜、そうかなぁ。やだなぁそれなんか恥ずかしい。てか、ないない。無理無理」
「いやー分からんよ?もしさ、俺の部活の中にそんな人が出てきたら、みんな強引にでも唄わせると思うな」
「…それは直哉のは運動部だからでしょ?うちはほとんど女子だから、なんてかさ、ほら、おしとやかですから。そんなノリする人はあんまいないよ………たぶん」
「ふふ。ほら、たぶんじゃん。絶対に一回は覚悟しといたほうがいいね」
「うーーーーーん、あー、なんか確かにそうかもね。唄ってって言われそうだぁ……」
「歌手のさだめですよ智美さん。がんばってね。たぶんそれが記念すべき第一回目のライブに……あっ!」
直哉は閃いた。
智美は驚いて、それまでうずめていた顔を上げ、直哉の顔を見た。

「ねぇ、智美さ、俺聞きたいな。智美の唄」
「えぇ?」

直哉は今までカラオケで智美が唄っている姿を何度か見た事はあるが、智美自身が作った曲は聴いた事がなかった。今まで2〜3回、智美に「唄ってよ」と言ったことはあったが、恥ずかしいを理由に断れ続けていた。今度こそ、智美の唄を聴く絶好の機会だ。

「それは……もしかして、あれですか?あたしが作詞作曲した唄のことですか?」
「うんっ!!!」
直哉は満面の笑顔で答えた。

「………ええ〜〜、前にも言ったじゃん。なんかさ、知ってる人には恥ずかしくて聴かれたくないんだよ。なんか、なんとなくなんだけどさ。ほら、それにその内CDで聞けるんじゃん?その時までのお楽しみってのは……ダメ?」
「だ〜め。それじゃあ遅いんだよ。私、木下直哉は彼氏として、一番最初に聴ける権利はあると思うんですが?そう思いませんか?」
「え〜〜〜〜〜〜、いや、まぁそうなんだけどさー……」
智美は苦笑いをしながら答えた。よっぽど自分の唄を聴かれるのが恥ずかしいのだろうか。

「それに、私、木下直哉は彼氏として、吹奏楽部のみんなよりも早く智美の唄を聴く権利を有してると思うんですが、いかがですか?」
「………………………………………………うーん。」
智美は目をぎゅっとつむり、眉間にシワを寄せて考えている。あと一押しだ。

「ねぇ、智美さんお願いします!俺、あなたの彼氏じゃあないですか」
「う〜〜〜〜〜〜ん……………うん!」
智美は目を大きく見開いて、首を上下に動かして一つうなずいた。なにかを決心したようだ。
「そうだね。今まで散々断ってきちゃったし、こうして合格できたのは直哉のおかげでもあるしね。…いいよ!じゃあ唄ってあげる!」
「いいの!?よっしゃ!!」
直哉は右手で軽くガッツポーズをした。ついに、ついに智美の唄が聴ける。

「…でもさ、ここで唄うの?ここだとさぁ……あたし大きい声で唄えないよ?ギターもあるし……小声でいいんなら、ここで唄うけど…」
そうだ。アパートの中では大きな音はたてられない。隣人の迷惑になるからだ。

「あ………そっか、それじゃあカラオケ行って………………ってのもなんか変だなぁ。うーーん」
直哉は悩んだ。周りに迷惑にならずに、大きな声で歌える場所で、できれば周りに誰もいない所………どこかにないだろうか…?

ふと、直哉はソーラーカーが日本をめぐる番組の事を思い出した。
そうだ…自然の中に行けば誰もいな………………
「そうだ!!!」

「ええ?なに?どうしたの?」
突然の直哉の大きな声に、智美はびっくりした。

驚いた表情をしている智美の顔に微笑みかけながら、直哉は言った。
「ねぇ智美さ、あした温泉行かない?」
「え?温泉!?」
「うん、ここからだと…車で2時間くらい掛かるんだけどさ、すごい良い温泉があるの知ってるんだ。露天風呂でさ、海が見えて、いわゆる秘湯ってところ。明日なら平日だし、たぶん他に客誰もこないだろうし、智美一人で女湯独占できると思うんだ。最近忙しかったし、リフレッシュしたら?天気予報だと明日は晴れだって言ってたしさ、だから明日行かない?」
「………うーん…そうだね。………温泉いいなぁ。なんか、お湯に浸かりつつ一人で空見ながらゆっくりぽけーっとしたいな。うん!いいね、行こ!………………ってあれ?唄うって話はどこ行った?」
「ふふふ」
直哉はニヤリと笑った。智美にとってあの直哉の顔は見覚えがある。何かを企んでいる時の顔だ。

「その温泉の近くにさ、すごい景色がいいとこ知ってるんだ。、今まで2回そこ行ったことあるんだけどね、人に出くわしたことないし、だから智美も思いっきり唄えると思うんだ。あそこで唄ってほしいな」
「………まぁ、どこでもいいよ。直哉に任せるよ」
「よし、じゃあ決まりだね。本当、智美驚くと思うよ。ほんと絶景だね、あそこは」
自信満々な顔をしながら、直哉は智美に言った。

そこは、いつか智美にも見せたいなと思っていた、直哉にとって一番好きな場所。

「あ、でも、そういえば明日って、直哉の結果が来る日かもしれないじゃん。いいの?」
智美は直哉に言った。
大事な結果発表の日かもしれないのに、そんな事をしてていいのだろうか?どうせなら直哉の結果が来たあとに行くほうがいいのではないか。智美はそう思った。

「大丈夫。ていうかなんかじっと待ってるとソワソワしそうだし、それに早く智美の唄が聞きたいしさ。いいよ、行こう!」
「そう…分かった」
そう言うと、智美はコタツの上においてある自分の湯のみに入っているお茶を一気に飲み干した。

「じゃあ、あたしは今日は自分の部屋に帰るね。明日の仕度もあるしさ。それに今日はちょっと疲れたし」
「………そうだね。んじゃ車で送るよ」
「うん、ありがと」



「すごい!直哉、早く来て!」
一足先に靴を履き、外に出た智美は上を見ながら直哉に向かって叫んだ。

「え?なにが?」
直哉は急いで靴を履き、智美のアコースティックギターを背負い、下駄箱の上に置いてある車のキーを取って外へ出た。

「ほら、すごい星空!」
智美はそう言いながら上を指差した。

「おー!」
いつのまにか降っていた雨は止み、空には満天の星空が。

ひんやりとした空気。雨上がりの匂い。そして、智美の合格を祝福するように輝く夜空。
なんだろう、この気持ち。なんだか、すごい安心する。

「明日、このまま晴れるといいね」
「そうだね」

お互いの手を優しく包み込むように、二人は手を繋いだ。

#22 褒め言葉

ビスケットに書かれている言葉を見た瞬間、智美は目をギュっとつむった。
智美のまぶたの裏側には、どんどんと涙がたまってゆく。

直哉の前で智美は泣きたくなかった。
これから強く生きていかなければいけないのに、簡単に泣いてしまったら直哉に弱いと思われてしまうような気がしたからだ。

心の中は幸せな気持ちでいっぱいで、本当なら大きな声を上げながら泣きたかった。
でも、智美は泣くのを必死にこらえた。

トン…
直哉がケーキをコタツの上にそっと置く音が聞こえた。
だが、ただそれだけで直哉はなにも言わない。
あたしの気持ちを察して、あえて黙っているのだろうか。

「直………」
だめだ。何か言おうとすると涙がこぼれ落ちてきそうだ。
何も見えない。
何もしゃべれない。
何もできない。

「いいよ。待ってるから」
そういう、直哉の声が聞こえた。

「……ふふっ」
目をつむりながら、智美は少し微笑んだ。
なんて優しいんだろうな、この人は。優しすぎる。
智美はそう思った。
「ごめんね……」
「おうよ」


「ふぅ……」
力いっぱい目をつむって、もう大丈夫だと確認してから智美は目を開けた。
そこにあったのは、さっき見たショートケーキと微笑む直哉だった。
改めてビスケットに書かれている文字を読んでみる。

「………………誕生日…か。そうだね、今日は0歳の誕生日だ」
「そういうこと。お誕生日おめでとう!…0歳だけど」
「0歳児だけど」
「へへ」
二人は微笑んだ。

「食べよ?すごいおいしそう」
「そうだね、んじゃ智美座ってて。包丁と皿もってくる」
「え?いや、いいよ。あたし切るよ」
「え?なんで?俺切るよ」
「いやいや、だって直哉ケーキ切るの下手じゃん」
「あ………そうだ。んじゃ悪いけど、お願いします」
「うん」
智美は立ち上がり、包丁と皿が置いてあるキッチンへと歩き出した。

「直哉、ありがとう」
「どういたしまして」



「あー、おいしかった。ねぇ、このケーキどこで買ったの?」
「え?…………あ、スーパーの中に最近ケーキ屋できてさ、そこで」
「ふーん、ケーキ屋できたんだ。知らなかった」
おいしそうに急いでケーキを食べたためだろうか、智美の唇の横にはクリームが付いている。
直哉はそれを智美に言おうと思ったが、顔にクリームが付いてる事に気付かない智美のその姿がかわいくて、やっぱりしばらく言わないことにした。

「ねぇ直哉」
「ん?ふふ」
「え?なに?」
「いや、なんでも」
真面目な顔をして智美は直哉に話しかけてきたが、直哉はクリームが付いている智美の顔がおかしくて少し笑ってしまった。
「あのさ、直哉はどう思ってる?」
「え?なにが?」
「あたしが歌手になってさ、…直哉は本当にうれしい?」
「…え?」

……? いったいなぜそんな質問を?そんなの、嬉しいに決まってるじゃんか。

「そりゃ、もちろん嬉しいよ。………なんで?」

智美は直哉との視線をそらして、下を向いた。
「だって…まぁ、まだしばらくはこの街にいると思うけど、それからどうなるかは分からないよ?あたしはね、本気で歌手になりたいんだ。でも、がんばればがんばるほど、もしかしたらあたしは直哉と離れた生活になっていくかもしれないんだよ?直哉だってそれ位気付いてたよね?」
強い口調で智美はそう言った。

智美にも直哉と同じ不安があった。
今はまだ大学もあるし、おそらくまだしばらくは、今住んでいる街から東京に通うことになる。
だが、その後は分からない。
もし忙しくなった場合、東京に引っ越さなければならなくなる。大学ももしかしたら辞めなければならなくなるかもしれない。直哉とはすれ違いの生活が訪れる可能性があるのだ。それは、智美が一生懸命になればなるほど可能性が高くなる。
よくテレビで聞く、多忙を極める人気歌手の生活の話。それは、智美が目指している姿であると同時に、もしそれが現実になった場合、直哉とすれ違いの生活を送ることを意味する。
つい最近までは本当に歌手になれるなど、本気で思ってはいなかった。テレビに映る歌手たちは、違う世界の人たちのように感じていた。そして、よく芸能人は芸能人同士で付き合ったり、結婚したりするニュースをよくテレビでやるのは、やはり多忙を極めることや、同業者のほうが悩みを打ち明ける事ができたり、そして、お互いに打ち解けることができるからではないのだろうか。彼らとて芸能人になる前には心が通じ合っていた人がいたかもしれない。だが、離れた生活になりながらも続けることができた話はあまり聞かない。テレビの話題性の問題でそういう事は大きく報じないこともあるかもしれないが、だが、実際自分が歌手になれた今、自分もこのパターンになってしまうのではないかと考えてしまう。
もちろん、直哉と別れたいわけではない。だが、今の智美にとって未来とは希望に満ち溢れていると同時に、心配でもあった。

「ねぇ直哉、あたしが言ってる意味、分かるよね?」

おそるおそる智美は目線を直哉に戻した。

直哉は微笑んでいた。いつもと変わらない笑顔で。
そして、直哉は言った。
「大丈夫だよ。智美がいつどこでなにしてたって、俺たちは一緒なんだから。心配しないで。俺は、これからも智美が好き。それはずっと変わらない」

「え……………………」
智美は直哉を見つめたままだ。

「だから、これからも変わらない二人でいよう」
そう言いながら、直哉はニコっと笑った。

「………………………ふふ」
智美も笑った。なんだか、ちょっと真面目に心配していた自分がバカだなぁと思った。
「…やっぱり直哉ってさ、なんかちょっとロマンチストだよね」
「そう?俺そんなつもりないけどなぁ……」
「いやいや、ロマンチストだよ絶対」
「えー?ロマンチストって言われてもなぁ…なんか嬉しいような、そうじゃないような」
「でも、あたしにとったら結構な褒め言葉だよ」
「あ、そうなの。んじゃそう受け取っとくよ」
「へへ」
智美は笑った。そうだ、私たちなら、これからもきっとうまくいける。そう信じよう。

「ところで智美」
「ん?なに?」
智美は笑顔で聞き返した。

「ほっぺたにクリームついてるよ」

#21 シンガーソングライター

智美の喜ぶ笑顔が本当に可愛くて、直哉は少しの間その顔に見とれてしまっていた。
智美と付き合うようになって約2年。今まででこれほどの良い顔をした智美を見たことがあっただろうか。なぜだろう、見ているほうも自然と笑顔になっていく。

直哉は智美を抱きしめた。

「おめでとう。智美……グス」
直哉は笑顔の表情をしたまま泣き出してしまった。

直哉にとって、人生初めての嬉し泣き。

「おーよしよし、泣かないで直哉」
「うぅ…おめでとう智美」
「へへ、ありがとう」
自分に抱きつきながら泣いている直哉の頭を、智美は優しくナデナデしている。
こんなにも泣いて喜んでくれている直哉の気持ちが、智美は嬉しくてたまらない。

「ねぇ直哉」
「ん?…グズッ」
直哉は鼻をすすった。
「ちょ、コートに鼻水つけないでよね」
「ん、…あ、ちょっと付いちゃった」
「あー…バカ直哉」
「ごめん」
「ねぇ直哉」
「うん?」
「……おなかすいた。なんか作ったんでしょ?鍋あるし」
「あ…うん、肉じゃが作った。食べる?」
「…うん、食べる」
「よし、んじゃ座って待ってて」

直哉はキッチンへ行き、肉じゃがが入ってる鍋に火をかけた。
智美を部屋に残したのには理由がある。冷蔵庫に入っているケーキに気付かれたくないからだ。食事を終えた後に、ドッキリ作戦決行だ。


「モグモグ…お!直哉料理上手くなったね!おいしい」
「だろ?」
「うん、普通においしいよ。あたしが作る肉じゃがよりおいしいかもしんない」
「だろ〜??へへ」
コタツの上に並べられた直哉の料理の数々。といってもご飯・肉じゃが・味噌汁しかないのだが。それでも智美は、直哉が自分のために料理を作って待ってていてくれた事がうれしかった。

それから自然と二人の会話は今日の智美の事に変わっていった。

道に迷わず着けたこと。
でも、レコーディングスタジオがボロいビルの地下にあってビックリしたこと。
受付の女性が綺麗だったこと。
憧れの持田さんがいたこと。
持田さんと握手したこと。
持田さんの目の前で唄ったこと。
持田さんに50円いただいたこと。
持田さんはすごい良い人だったということ。
持田さんのおかげで、本番ではすごい落ち着いて唄えたこと。
プロデューサーの若松が自分が作った唄に高い評価をしてくれたこと。
そして、若松が「これから、よろしくお願いします」と言った時のこと。

食事が終わった後も智美の話は終わることなかった。その姿はまるで、昨日の直哉のようだった。
時間は気付けば午後の9時を過ぎていた。

「ほうほう。んで、これからはどうなるの?すぐにデビューするの?」
「うーん、詳しい話はまた今度するんだって。でも、たぶんすぐデビューってことはないと思うよ。あたしはボイトレしなくちゃいけないし、他にもなんか色々めんどそうな手続きがあるんだってさ。決まったのは石川さんがプロデューサーになるってこと位かな」
「へー、プロデューサー??俺にはなんだかよく分からないけど。でも良かったじゃん。その石川って人さ、智美の唄の良さが分かってる人なんでしょ?なら大丈夫だ。…てかさ、曲はどうなるの?自分で作った曲でCD売るの?」
「一応、自分でもそういう希望出したし、石川さんもさ、あたしの曲気にいってるみたいだから、たぶんそうなる…と思うよ」
「そうか…良かったな智美。夢がかなった」
「へへ…ね、夢かなっちゃった」
二人は微笑み合った。
まさに「幸せ」という言葉の意味はこういうことなんだろうな。
直哉はそう思った。

「でもなぁ、まさかいきなりこんな展開になるなんてね。昨日までは俺のセレクションが話のメインテーマだったのに…なんか、一気に追い抜かれちゃったって感じだな」
「なーに言ってんの直哉。ちゃーんと忘れてないよ。今日はまだ連絡来てないんでしょ?」
「うん、今日はなかった。…でもたぶん明日か明後日だろうね。結果くんのは」
「そっか……。受かってるといいね。直哉も」
「だな。でもね、結構自信あるから大丈夫だよ。…あ、てかさ、コレ聞いて」

直哉はコタツの上に置いてある携帯電話を取り、何か操作を始めた。

「もし合格だったら電話が来て、不合格だったらメールが来るんだってさ。んで、もうその番号もメアドも分かってるから、……コレ」

チャ チャーチャラチャーチャラチャーチャラチャ…♪

直哉は自分の携帯電話で音楽を鳴らした。
「この曲知ってる?」
「え?……あー…なんかどっかで聞いたことあるような。…あ、これ吹奏楽部でどっかの大学が演奏してたよ。なんだっけ……ろ、ロッキー……??」
「そ!ロッキーのテーマ。健太と二人でメシ食ってる時さ、着信音はこれにしようって話になって」
「え?」
智美は話がよく分からない。

「だからね、もし俺の携帯からロッキーのテーマが流れたら、その時は合格ってこと!そういう設定にしたんだ。健太も同じ」
「あーーなるほどね。なんか、ドキドキするねそれ。…あれ?んじゃ、もし不合格だったら?」
「えっとね、エクソシストが鳴る」
「えぇ……」




「もしもし?お母さん?あたし」

智美は実家に電話を掛けた。無事、合格したことを報告するために。

「うん、今日行ってきたよ東京に。……へへ、やったさ、なーんと合格だ!あたし、歌手になれたんだよお母さ………っておーーい、泣くなぁ〜〜早いよー」

その間、直哉はキッチンで食器を洗っていた。かすかに部屋から聞こえてくる智美の声からして、智美の家族も喜んでいるようだ。

「あー、おばあちゃん?あたし智美。へへー合格だよやったよ!……え?いや、ちょっと演歌は歌わないかな……」
「ふふ!」
直哉は微笑んだ。食器を洗いながら、智美の声を聞いていた。

「うん、そんなワケだから、今度、一度実家に帰るね。うん、決まったら連絡するから。うん、うん、じゃあまたね」
ブツ。

智美は電話を切った。その心は幸せでいっぱいだった。直哉も家族もみんな自分の合格を喜んでくれたからだ。
幸せのあまり、智美は少し泣き出しかけていた。

「ふふふ、とーもーみ!」
直哉がドアから半分だけ顔を出してこっちを見ている。なぜかニヤっと笑っている。
「ん?なに直哉?」
「へへー」
直哉はドアを開けて、ゆっくりと部屋に入ってきた。なぜか両手を後ろに回している。背中になにかを隠しているようだ。
「え?なに?なんか持ってんの?」
「ふふふ、…見て驚け。じゃじゃ〜〜〜ん!!!」

直哉は背中から冷蔵庫に隠していたショートケーキを出した。

「!!………………」
智美は驚きのあまり声が出ない。
ケーキを見つめたまま、智美は動かない。

頂上にあるビスケットには小さな文字でびっしりと文字が書かれていた。
そこに書かれていた言葉は、

[おめでとう!シンガーソングライター・清田智美の誕生日だね!]

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