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200803
#20 ピース
- 2008-03-30 (Sun)
- 小説 神様のロトリー
直哉は自分で作った肉じゃがを、一口味見した。
「うん!うまい!」
絶妙な調味料配分に、新鮮なる野菜たちと豚肉のカーニバル…
ふふふ…さすが俺。肉じゃがの神。これなら食にうるさいあの智美でも納得だな。…味噌汁も作ったし、ご飯ももうすぐ炊けるし、ケーキは冷蔵庫に入れたし、…うん、完璧だ。
時間は午後の7時を過ぎた。智美はまだ帰ってこない。連絡もない。
「…ふぅ」
ひとまず、直哉は部屋に戻り、こたつに入ってTVの電源を入れた。
TVの中ではソーラーカーが日本をめぐるという番組をやっていた。
画面に映し出される海岸沿いの町は、とても時間がゆっくりと流れていそうな、自然豊かな町並みだった。
いいなぁ…なんかのんびりしたいなぁ…温泉とかいいなぁ………ん?なんか眠いな……あれ?
コタツが暖かく気持ちが良いためだろうか、直哉は急激な眠気に襲われた。
…智美が帰ってくるから…起きてないと…寝ない方が………なぜだろう…まぶたが石のように重たい…あたま…が…………
バタッ
直哉はそのまま倒れるように、コタツに下半身だけを入れた状態で寝てしまった。
それは今まで感じたことがない、強烈な睡魔だった。
う、う〜ん…ここは…?
目を開けると、見渡す限りの満点の星空が。そして、どこまでも続く真っ直ぐな白い大地と地平線。
夜ではない。確かに空は夜だけど、地上は昼間だ。太陽もないのに、なぜ明るい?
なんだここは…?どこだ…?
「木下直哉様!おめでとうゴザイマス!」
「え?」
後ろから突然、非常に陽気な声をした女性の声が聞こえ、直哉は振り返った。
「……え?あ、あれ?」
誰もいない。だが、そこには今まで見たこともないような大きな桜の木があった。
しかし、その枝に桜の花びらは一枚もなく、すでに散った後だ。寂しい姿をしている。
なんでこんなトコに桜の木が…?? えぇ???
何が起きているのか、直哉はまったく理解できない。
「アナタ様は神様主催第2543473929回・ジャンボ宝くじで、なんと、3等賞が当たりましたー!!おめでとうございます!!賞品として、「苦痛の代わりに大きな幸せ」をアナタ様に進呈いたします!!」
…は?え?なに?「苦痛の代わりに大きな幸せ」??てか、ジャンボ宝くじ??てか神様???てかこの声はどこから????
「誰だ!!どこにいる!!!?これはいったいなんなんだ!?出て来い!!」
「目の前にいますよ」
「え?」
目の前………って、この桜の木?……木が………しゃべってる!?
「いやー運がいいですねー。中々当たらないんですよ、この宝くじ。ただ、一つ注意していただきたいことは、もしその苦痛から逃げてしまえば、アナタ様にとって本当に最もつらい苦痛がアナタ様を襲うことになります。ちなみにチャンスは一回のみです。二回はありません。がんばってくださいね〜」
これは……夢なのか?いや、夢にしては意識が非常にクリアーだし、自分が持つ感覚のすべてはリアルだ。
「なんだこれは!?宝くじってなんだ!!そんなの俺知らないぞ!!」
直哉は桜の木に向かって叫んだ。こんなこと、信じたくない。夢であって欲しい。
「いいえ、あなたは間違いなく今回の宝くじにエントリーされました。それに、私とアナタがお会いするのは今回が初めてではありません。覚えていますか?三日前、大学の駐輪場でお会いしたことを……」
「はぁ!?」
三日前???大学の駐輪場???何を言って………は!まさか卒業式の日の…あの…桜の花びら??(第2話参照)
「ま、まさか…あの…?」
直哉はぞっとして、ぺたんと地面に座り込んでしまった。恐怖で体がガタガタと震える。
「覚えててくださったようですね!私、本当にうれしいです!えへっ!……それでは、あなたの大切な人がそろそろ呼んでますよ。いいですか?勇気を出して下さい。そうすれば、幸せは必ず手に入ります!では、ご健闘をお祈りしてまーーーす」
「はぁ?ちょっと待て!幸せってなんのことだ!?それに、苦痛………………」
ナオヤ
直哉
「直哉!」
「ちょっと待て!苦痛ってなんだ!?」
「直哉!!いったいどうしたの?しっかりして!」
ハッ!
ガバっ!!!
…こ、ここは…部屋…俺の……あれ
直哉は目覚めた。…だが、なぜか体中が蒸し熱い。
「ハァ、ハァ……ゆ、夢!?」
「直哉!大丈夫!?なんか、すごいうなされてたけど。すごい汗だよ!」
「あ………あれ、智美?……俺……?」
直哉の目はまだうつろなままだ。
「ちょっと待って直哉。今タオル持ってくるから!」
智美は駆け足でキッチンへとタオルを取りに行った。
あ…智美が起こしてくれたのか……じゃあ、さっきのは…夢…?
智美はキッチンから水とタオルを持ってきた。
「ほら、水飲んで!いったいどうしたの?」
直哉は智美から渡されたコップに入った水を一気に飲み干した。
その間、智美は汗で濡れた直哉の顔をタオルで優しく拭いた。
「ハァ、ハァ……智美。ありがと、もう平気だから」
「本当?ねぇ、いったいどうしたの?ちょっと普通じゃなかったよ」
「あ……なんか、変な夢見てたみたい。でも、ほんともう大丈夫―――――って!智美!いつからいたの!!?」
「ちょうど今だよ。帰ってきたら、直哉が寝ながらうなされてたから、びっくりしちゃった」
「結果は!?結果!歌…」
そうだ、うなされていたから忘れていたが、今日は智美の大事な日だった。結果が、結果が気になる。
直哉は智美の顔を見つめる。
「うふふ!」
「え?」
智美は両手で直哉にピースをした。
「合〜〜〜〜〜格!!!へへ、やったぁ!!!」
智美は直哉に向かって笑った。それは、嘘偽りのなく心から出た最高の笑顔だった。
「うん!うまい!」
絶妙な調味料配分に、新鮮なる野菜たちと豚肉のカーニバル…
ふふふ…さすが俺。肉じゃがの神。これなら食にうるさいあの智美でも納得だな。…味噌汁も作ったし、ご飯ももうすぐ炊けるし、ケーキは冷蔵庫に入れたし、…うん、完璧だ。
時間は午後の7時を過ぎた。智美はまだ帰ってこない。連絡もない。
「…ふぅ」
ひとまず、直哉は部屋に戻り、こたつに入ってTVの電源を入れた。
TVの中ではソーラーカーが日本をめぐるという番組をやっていた。
画面に映し出される海岸沿いの町は、とても時間がゆっくりと流れていそうな、自然豊かな町並みだった。
いいなぁ…なんかのんびりしたいなぁ…温泉とかいいなぁ………ん?なんか眠いな……あれ?
コタツが暖かく気持ちが良いためだろうか、直哉は急激な眠気に襲われた。
…智美が帰ってくるから…起きてないと…寝ない方が………なぜだろう…まぶたが石のように重たい…あたま…が…………
バタッ
直哉はそのまま倒れるように、コタツに下半身だけを入れた状態で寝てしまった。
それは今まで感じたことがない、強烈な睡魔だった。
う、う〜ん…ここは…?
目を開けると、見渡す限りの満点の星空が。そして、どこまでも続く真っ直ぐな白い大地と地平線。
夜ではない。確かに空は夜だけど、地上は昼間だ。太陽もないのに、なぜ明るい?
なんだここは…?どこだ…?
「木下直哉様!おめでとうゴザイマス!」
「え?」
後ろから突然、非常に陽気な声をした女性の声が聞こえ、直哉は振り返った。
「……え?あ、あれ?」
誰もいない。だが、そこには今まで見たこともないような大きな桜の木があった。
しかし、その枝に桜の花びらは一枚もなく、すでに散った後だ。寂しい姿をしている。
なんでこんなトコに桜の木が…?? えぇ???
何が起きているのか、直哉はまったく理解できない。
「アナタ様は神様主催第2543473929回・ジャンボ宝くじで、なんと、3等賞が当たりましたー!!おめでとうございます!!賞品として、「苦痛の代わりに大きな幸せ」をアナタ様に進呈いたします!!」
…は?え?なに?「苦痛の代わりに大きな幸せ」??てか、ジャンボ宝くじ??てか神様???てかこの声はどこから????
「誰だ!!どこにいる!!!?これはいったいなんなんだ!?出て来い!!」
「目の前にいますよ」
「え?」
目の前………って、この桜の木?……木が………しゃべってる!?
「いやー運がいいですねー。中々当たらないんですよ、この宝くじ。ただ、一つ注意していただきたいことは、もしその苦痛から逃げてしまえば、アナタ様にとって本当に最もつらい苦痛がアナタ様を襲うことになります。ちなみにチャンスは一回のみです。二回はありません。がんばってくださいね〜」
これは……夢なのか?いや、夢にしては意識が非常にクリアーだし、自分が持つ感覚のすべてはリアルだ。
「なんだこれは!?宝くじってなんだ!!そんなの俺知らないぞ!!」
直哉は桜の木に向かって叫んだ。こんなこと、信じたくない。夢であって欲しい。
「いいえ、あなたは間違いなく今回の宝くじにエントリーされました。それに、私とアナタがお会いするのは今回が初めてではありません。覚えていますか?三日前、大学の駐輪場でお会いしたことを……」
「はぁ!?」
三日前???大学の駐輪場???何を言って………は!まさか卒業式の日の…あの…桜の花びら??(第2話参照)
「ま、まさか…あの…?」
直哉はぞっとして、ぺたんと地面に座り込んでしまった。恐怖で体がガタガタと震える。
「覚えててくださったようですね!私、本当にうれしいです!えへっ!……それでは、あなたの大切な人がそろそろ呼んでますよ。いいですか?勇気を出して下さい。そうすれば、幸せは必ず手に入ります!では、ご健闘をお祈りしてまーーーす」
「はぁ?ちょっと待て!幸せってなんのことだ!?それに、苦痛………………」
ナオヤ
直哉
「直哉!」
「ちょっと待て!苦痛ってなんだ!?」
「直哉!!いったいどうしたの?しっかりして!」
ハッ!
ガバっ!!!
…こ、ここは…部屋…俺の……あれ
直哉は目覚めた。…だが、なぜか体中が蒸し熱い。
「ハァ、ハァ……ゆ、夢!?」
「直哉!大丈夫!?なんか、すごいうなされてたけど。すごい汗だよ!」
「あ………あれ、智美?……俺……?」
直哉の目はまだうつろなままだ。
「ちょっと待って直哉。今タオル持ってくるから!」
智美は駆け足でキッチンへとタオルを取りに行った。
あ…智美が起こしてくれたのか……じゃあ、さっきのは…夢…?
智美はキッチンから水とタオルを持ってきた。
「ほら、水飲んで!いったいどうしたの?」
直哉は智美から渡されたコップに入った水を一気に飲み干した。
その間、智美は汗で濡れた直哉の顔をタオルで優しく拭いた。
「ハァ、ハァ……智美。ありがと、もう平気だから」
「本当?ねぇ、いったいどうしたの?ちょっと普通じゃなかったよ」
「あ……なんか、変な夢見てたみたい。でも、ほんともう大丈夫―――――って!智美!いつからいたの!!?」
「ちょうど今だよ。帰ってきたら、直哉が寝ながらうなされてたから、びっくりしちゃった」
「結果は!?結果!歌…」
そうだ、うなされていたから忘れていたが、今日は智美の大事な日だった。結果が、結果が気になる。
直哉は智美の顔を見つめる。
「うふふ!」
「え?」
智美は両手で直哉にピースをした。
「合〜〜〜〜〜格!!!へへ、やったぁ!!!」
智美は直哉に向かって笑った。それは、嘘偽りのなく心から出た最高の笑顔だった。
#19 雨音
- 2008-03-29 (Sat)
- 小説 神様のロトリー
昨日の疲れはまだ抜けず、
どこかに行こうにも外は雨で、
友達と遊ぼうという気分でもなくて、
仕方なく部屋でTVゲームをしたが、なんだかつまらなくてすぐに止めた。
時間は午後の5時。
次第に暗くなってゆく部屋の中、直哉はTVを見ていた。特に見たい番組がやっているわけではない。
ただ、智美の帰りをじっと待っているだけだと、時間の流れが果てしなく長く感じて、何かをしていないと気が済まなかった。
TVでは午後5時のニュースで天気予報をしていた。
「明日の予想最高気温は20度。今日とはうってかわって明日は最高の春日和となるでしょう。寒暖の差がとても激しいです。体調管理の……」
そうかぁ……明日は晴れか……
「…………………………………」
智美はどうしてるかなぁ……しっかり唄えてるかなぁ……
TVを見ていても、どうしても頭の中では智美のことが気がかりでしかたがない。
ふと気がつくと、何度も智美を心配している自分がいる。
大丈夫だよ……結構アイツはしっかりしてるから、自分でうまくやってるよ…きっと。
ザーーーーーーーー…………………………
窓の外の雨の音が、TVの音よりも耳に入ってくる。
「……そうだ」
ごはん作ろう。智美が帰ってきたとき、腹が減ってるだろうからすぐに食べれるように。…でも何も材料ないな…買いにいかなきゃ。…何作ろうかな。
男の一人暮らしの直哉にとって、作れる料理は限られている。
カレー・オムライス・野菜炒め・チャーハン・肉じゃが…などの簡単な料理しか作れない。
「…肉じゃがかな」
なぜなら、
カレーを作れば「にんじん硬い」
オムライスを作れば「ケチャップ入れすぎ」
野菜炒め作れば「キャベツ焦げてる」
チャーハン作れば「塩辛い」
などなど。
今までに直哉が作った料理で、一番智美が「おいしい」喜んでくれたのは肉じゃがだった。
「よし、スーパー行こう。」
直哉は立ち上がり、車のキーを取り、近くのスーパーへと、向かった。
肉やたまねぎ、ジャガイモなど必要なモノを買い揃え、店を出ようとしたとき、ある店が目に留まった。
ケーキ屋だ。
スーパーの中には併設されたケーキ屋があった。
「あ………」
どうしよう…買っていこうかな…いや、まだ決まったワケじゃないし…んー、でもこれで本当に受かってて、んでドッキリでケーキあげたら智美喜ぶだろうな…ん〜…ええぃ、自分の彼女信じられなくてどうする!買おう!
「いらっしゃいませ!」
直哉はケーキ屋の中へと入っていった。中には様々な種類や大きさのケーキが置いてある。どれも非常においしそうで直哉は迷う。
そーいや智美って何のケーキが好きなんだっけ…あ、ショートケーキか。…お!あれいいな。
直哉が見つけたのは、二人でも食べ切れそうな一回り小さいサイズのショートケーキだ。
直哉はこれを買うことに決めた。
「すみません!」
「はい。」
「あの、このショートケーキを下さい」
「はい、かしこまりました。お誕生日用でしょうか?」
「え?……あ、いえ、違います。」
「30文字以内でしたら、上に乗ってるビスケットになにか文字をお書きいたしますが…いかがなさいますか?」
…あーそうか、文字……どうしようかな。なにか…
「…お決まりになりましたら、そちらのテーブルの上に置いてある紙に書いていただければ…」
「あ、はい。分かりました」
…うーん……なんか、ただ単に「おめでとう」ってだけじゃあなぁ……うーん………………………………あ、そうだ!
カキカキ…
「よし!………あ、じゃあスミマセン、これでお願いします」
直哉は店員にメッセージが書かれた紙を渡した。
「あ…はい、かしこまりました。少々お待ちください」
「お待たせいたしました。こちらが品物になります。…ありがとうございました」
ケーキを受け取り、直哉は店を後にした。
帰りの車中、直哉は運転しながら考えていた。
もし、…もし、智美が落ちたら、たぶん、これからも今までと変わらない生活を送れると思う……でも、もし受かったら…智美は………まぁ、少なくとも今までと同じわけにはいかないだろうな。そうなったら、これからもうまくやっていけるかな……ってイカンイカン!いったい何考えてんだ俺は…アホか…
直哉は願った。結果はどうあれ、これからも変わらない二人でいられる事を。
どこかに行こうにも外は雨で、
友達と遊ぼうという気分でもなくて、
仕方なく部屋でTVゲームをしたが、なんだかつまらなくてすぐに止めた。
時間は午後の5時。
次第に暗くなってゆく部屋の中、直哉はTVを見ていた。特に見たい番組がやっているわけではない。
ただ、智美の帰りをじっと待っているだけだと、時間の流れが果てしなく長く感じて、何かをしていないと気が済まなかった。
TVでは午後5時のニュースで天気予報をしていた。
「明日の予想最高気温は20度。今日とはうってかわって明日は最高の春日和となるでしょう。寒暖の差がとても激しいです。体調管理の……」
そうかぁ……明日は晴れか……
「…………………………………」
智美はどうしてるかなぁ……しっかり唄えてるかなぁ……
TVを見ていても、どうしても頭の中では智美のことが気がかりでしかたがない。
ふと気がつくと、何度も智美を心配している自分がいる。
大丈夫だよ……結構アイツはしっかりしてるから、自分でうまくやってるよ…きっと。
ザーーーーーーーー…………………………
窓の外の雨の音が、TVの音よりも耳に入ってくる。
「……そうだ」
ごはん作ろう。智美が帰ってきたとき、腹が減ってるだろうからすぐに食べれるように。…でも何も材料ないな…買いにいかなきゃ。…何作ろうかな。
男の一人暮らしの直哉にとって、作れる料理は限られている。
カレー・オムライス・野菜炒め・チャーハン・肉じゃが…などの簡単な料理しか作れない。
「…肉じゃがかな」
なぜなら、
カレーを作れば「にんじん硬い」
オムライスを作れば「ケチャップ入れすぎ」
野菜炒め作れば「キャベツ焦げてる」
チャーハン作れば「塩辛い」
などなど。
今までに直哉が作った料理で、一番智美が「おいしい」喜んでくれたのは肉じゃがだった。
「よし、スーパー行こう。」
直哉は立ち上がり、車のキーを取り、近くのスーパーへと、向かった。
肉やたまねぎ、ジャガイモなど必要なモノを買い揃え、店を出ようとしたとき、ある店が目に留まった。
ケーキ屋だ。
スーパーの中には併設されたケーキ屋があった。
「あ………」
どうしよう…買っていこうかな…いや、まだ決まったワケじゃないし…んー、でもこれで本当に受かってて、んでドッキリでケーキあげたら智美喜ぶだろうな…ん〜…ええぃ、自分の彼女信じられなくてどうする!買おう!
「いらっしゃいませ!」
直哉はケーキ屋の中へと入っていった。中には様々な種類や大きさのケーキが置いてある。どれも非常においしそうで直哉は迷う。
そーいや智美って何のケーキが好きなんだっけ…あ、ショートケーキか。…お!あれいいな。
直哉が見つけたのは、二人でも食べ切れそうな一回り小さいサイズのショートケーキだ。
直哉はこれを買うことに決めた。
「すみません!」
「はい。」
「あの、このショートケーキを下さい」
「はい、かしこまりました。お誕生日用でしょうか?」
「え?……あ、いえ、違います。」
「30文字以内でしたら、上に乗ってるビスケットになにか文字をお書きいたしますが…いかがなさいますか?」
…あーそうか、文字……どうしようかな。なにか…
「…お決まりになりましたら、そちらのテーブルの上に置いてある紙に書いていただければ…」
「あ、はい。分かりました」
…うーん……なんか、ただ単に「おめでとう」ってだけじゃあなぁ……うーん………………………………あ、そうだ!
カキカキ…
「よし!………あ、じゃあスミマセン、これでお願いします」
直哉は店員にメッセージが書かれた紙を渡した。
「あ…はい、かしこまりました。少々お待ちください」
「お待たせいたしました。こちらが品物になります。…ありがとうございました」
ケーキを受け取り、直哉は店を後にした。
帰りの車中、直哉は運転しながら考えていた。
もし、…もし、智美が落ちたら、たぶん、これからも今までと変わらない生活を送れると思う……でも、もし受かったら…智美は………まぁ、少なくとも今までと同じわけにはいかないだろうな。そうなったら、これからもうまくやっていけるかな……ってイカンイカン!いったい何考えてんだ俺は…アホか…
直哉は願った。結果はどうあれ、これからも変わらない二人でいられる事を。
#18 あぐら
- 2008-03-27 (Thu)
- 小説 神様のロトリー
「よし!じゃー清田さん!そろそろ準備してもらえるかな?」
若松は智美に言った。
「あ、………は、はい」
ついさっきまでは良い精神状態でいることができて、智美はこれなら良い歌が唄えると思っていた。ところが、憧れの持田が自分の曲を聴くというまったくの予想外の事になり、それからというもの、智美は一度は胸の奥に封じ込めたはずの「緊張」という名の悪魔が、また智美を支配しようとしていた。
智美は心の中で「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせるも、持田が自分の視界の中に入る度に悪魔が体の中で暴れだす。
ここまできて何を今更……そうだ、これは逆にチャンスだよ。そうだよ。これはチャンス…
「スーーーー………フ〜〜〜〜」
智美は大きく深呼吸をした。
…よし!行こう。自信持って。あたしならできる!
「それでは、お願いします!」
智美はケースからアコースティックギターを取り出し、ライブルームのドアを開けた。
しかし、その顔つきはまだ、こわばったままだ。
そして、それを持田は見逃さなかった。
ライブルームはコントロールルームに比べてとても明るくて、そして静かで音がよく反響する。
ライブルームの中央に用意された椅子に向かう智美の足音が部屋中に反響している。
「ふぅ…ふぅ…」
智美は口でしか呼吸をすることができない。
ギシッ…
智美はライブルーム中央にある椅子にゆっくりと座った。
「石川さん!」
「はい?」
持田は石川を呼んだ。
「彼女はストリートライブを一人でしていたんですか?」
「え?そうだけど」
「その時、彼女椅子に座って演奏してました?」
「え?……あーいや、地面に直接座ってたかな確か。それがどうかしたの?」
「…………………」
持田は何も答えない。
「じゃ、じゃあ、歌…始めてもいいですか?」
意を決した智美はマイクにむけてしゃべった。
だが、その声は弱々しく、震えていた。
そんな智美の声を聞いて、持田は決心した。
「清田さん!ちょっと待って」
持田はとっさにマイクのスイッチを入れ、そう言った。
「え?…あ、は、はい」
な、なんだ…??
智美は驚いた顔をしている。
窓越しに持田は智美に微笑み、そっとマイクのスイッチを切った。そして、若松に一つお願いをした。
「若松さん、突然でごめんなさい。10分ほど時間をくれませんか?」
持田の目を見た若松は、持田が何をしたいのかが分かったようだ。
「…そうか、お前もそういう事に気付く歳になったんだな!…よしっ!スピーカーはオフにしといてやるよ」
「ありがとうございます」
持田は若松に頭を下げた。
「え?」 「え?」
智美と石川は、いったい何が起こっているのかさっぱり分からない。
持田はコントロールルームの端に置かれてあった智美のギターケースを取り、そして、智美のいるライブルームへと入っていった。
そして、若松はスピーカーのスイッチを切った。
「若松さん!?いったい何を?」
「まぁまぁ、あ、そうだ。ちょっとみんなで上行ってタバコでも吸ってこようぜ。ほら、持田ちゃんのマネージャーもこっち来な」
「え??」
「いいからいいから、ほら出て出て」
若松は、半ば強引にコントロールルームにいる人すべてを地下一階へと連れて行った。
持田と智美を二人きりにするために。
そして、地下二階には智美と持田の二人のみとなった。
持田はギターケースを持ったまま、智美に近づいてきた。
「持田さん………?あ、あの、いったい…?」
智美はまったく事態が読めない。
えぇ?…なんで…あたしのギターケースを…??
「えへへ」
そう持田は微笑むと、智美の正面にあぐらを組んで座り、智美のギターケースを開けて、そしてそれを二人の間にそっと置いた。
「? 持田さん?これは……?」
「ん?分かんない?」
「え?………………あっ」
そうか、この配置…ストリートライブの時の…だが、まだ意図が分からない。
「これ、…路上ライブの時の…ですよね?」
持田はニコっと笑った。
「そう!んで、やっぱりね、いきなり上手く唄うのは難しいと思うからさ、ちょっと練習しよっか」
……練習?じゃあなんでギターケースを…?
「あとさ、一個お願いがあって、あたしをね、最後のお客さんにしてほしーなーなんて」
「え?」
客って?最後の?
「いやさ、もし若松さんが合格出しちゃったらね、清田さんはそれからプロになっちゃうんだよ?だからさ、練習がてら最後のアマチュアとしてのストリートライブをして欲しいんだ、ここでね。それに、みんな出てったから少しは唄いやすいでしょ?」
「………………………」
智美はポカンと口を開けたまま、言葉が出ない。
「ふふっ」
持田はあぐらを組み、終始笑顔を絶やさない。
「私が最後の客じゃ、不服ですかな?」
「……………………あ、いえいえ、そんな!っていうか………いや、じゃあ、お願いします!」
そうか…持田さんあたしに気を使って……ありがとうございます…
智美は笑った。さっきまでのこわばった表情は顔からすっかり消えた。
「いえいえー、こちらこそ」
笑った智美の顔を見て、持田も安心したようだ。
「あ、じゃあ私この椅子いらないです。私、実はあぐら組んで唄うのが好きなんですよー」
「お!いいね〜。んじゃお互いあぐらでいこうか!」
「はい!」
智美は座っていた椅子をどかし、ギターケースを挟んで持田と向かい合うように座り、そしてあぐらを組んだ。
「ほら、実は10分しかないんだ。早く唄って!」
「えぇ?ああぁ、はい!分かりました。じゃさっそく一曲目、「ふるさと」いきます!」
「あいよ!」
…直哉…あたし……よし!!
智美はギターを弾き始めた。
ライブルームはいわば音の密室。
少しくらい大きな音でも、どこにも音が漏れる事はない。
今、ライブルームの中は智美と持田の二人だけの空間。
憧れである持田を前にして智美は、臆することなく堂々と唄った。大きな声で、楽しく、気持ちを込めて。
それは普段のストリートライブの時より、智美はドキドキしたのは間違いなかったが、それゆえに最後にふさわしい、まさに気持ち良いライブだった。
智美は持田の前で3曲唄うことができた。持田は曲が終わるごとに大きな拍手を智美に贈った。満面の笑顔で。
ガチャ
「おーい、練習は終わったかー?」
若松だ。スピーカー越しに話しかけてきた。
「あ……」
もう10分経ったのか…早かった…
智美は演奏を止めた。
「…うん!清田さんすごい良かった!これなら大丈夫でしょ!もう心配いらないね」
「いやぁそんな……持田さん、ありがとうございます!おかげで気持ちが楽になりました」
「へへ、いいよいいよそんな…」
持田はそう言うと、財布から50円玉を一つ取り出し、ギターケースの中へそっと投げ入れた。
「!!! ちょ!え???そんな、持田さん!?」
「へへ、言ったでしょ?これはストリートライブだって。お駄賃」
「…………………………持田さん…」
「んじゃ、清田さんまたね〜〜」
持田は笑顔で手を振りながら、ライブルームから出て行った。
「前島(マネージャー)さん!私、帰りますね」
「あれ、これから聴いていくのでは?」
「うん、たぶん、また聴けると思うから」
「え?」
「若松さん。お疲れ様でした」
「おう、お疲れ!…持田ちゃん、ありがとな」
「いえいえ」
そう言うと、持田はスタジオを後にした。
持田さん…ありがとうございました…!
智美は、50円玉を力強く握り締めた。
若松は智美に言った。
「あ、………は、はい」
ついさっきまでは良い精神状態でいることができて、智美はこれなら良い歌が唄えると思っていた。ところが、憧れの持田が自分の曲を聴くというまったくの予想外の事になり、それからというもの、智美は一度は胸の奥に封じ込めたはずの「緊張」という名の悪魔が、また智美を支配しようとしていた。
智美は心の中で「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせるも、持田が自分の視界の中に入る度に悪魔が体の中で暴れだす。
ここまできて何を今更……そうだ、これは逆にチャンスだよ。そうだよ。これはチャンス…
「スーーーー………フ〜〜〜〜」
智美は大きく深呼吸をした。
…よし!行こう。自信持って。あたしならできる!
「それでは、お願いします!」
智美はケースからアコースティックギターを取り出し、ライブルームのドアを開けた。
しかし、その顔つきはまだ、こわばったままだ。
そして、それを持田は見逃さなかった。
ライブルームはコントロールルームに比べてとても明るくて、そして静かで音がよく反響する。
ライブルームの中央に用意された椅子に向かう智美の足音が部屋中に反響している。
「ふぅ…ふぅ…」
智美は口でしか呼吸をすることができない。
ギシッ…
智美はライブルーム中央にある椅子にゆっくりと座った。
「石川さん!」
「はい?」
持田は石川を呼んだ。
「彼女はストリートライブを一人でしていたんですか?」
「え?そうだけど」
「その時、彼女椅子に座って演奏してました?」
「え?……あーいや、地面に直接座ってたかな確か。それがどうかしたの?」
「…………………」
持田は何も答えない。
「じゃ、じゃあ、歌…始めてもいいですか?」
意を決した智美はマイクにむけてしゃべった。
だが、その声は弱々しく、震えていた。
そんな智美の声を聞いて、持田は決心した。
「清田さん!ちょっと待って」
持田はとっさにマイクのスイッチを入れ、そう言った。
「え?…あ、は、はい」
な、なんだ…??
智美は驚いた顔をしている。
窓越しに持田は智美に微笑み、そっとマイクのスイッチを切った。そして、若松に一つお願いをした。
「若松さん、突然でごめんなさい。10分ほど時間をくれませんか?」
持田の目を見た若松は、持田が何をしたいのかが分かったようだ。
「…そうか、お前もそういう事に気付く歳になったんだな!…よしっ!スピーカーはオフにしといてやるよ」
「ありがとうございます」
持田は若松に頭を下げた。
「え?」 「え?」
智美と石川は、いったい何が起こっているのかさっぱり分からない。
持田はコントロールルームの端に置かれてあった智美のギターケースを取り、そして、智美のいるライブルームへと入っていった。
そして、若松はスピーカーのスイッチを切った。
「若松さん!?いったい何を?」
「まぁまぁ、あ、そうだ。ちょっとみんなで上行ってタバコでも吸ってこようぜ。ほら、持田ちゃんのマネージャーもこっち来な」
「え??」
「いいからいいから、ほら出て出て」
若松は、半ば強引にコントロールルームにいる人すべてを地下一階へと連れて行った。
持田と智美を二人きりにするために。
そして、地下二階には智美と持田の二人のみとなった。
持田はギターケースを持ったまま、智美に近づいてきた。
「持田さん………?あ、あの、いったい…?」
智美はまったく事態が読めない。
えぇ?…なんで…あたしのギターケースを…??
「えへへ」
そう持田は微笑むと、智美の正面にあぐらを組んで座り、智美のギターケースを開けて、そしてそれを二人の間にそっと置いた。
「? 持田さん?これは……?」
「ん?分かんない?」
「え?………………あっ」
そうか、この配置…ストリートライブの時の…だが、まだ意図が分からない。
「これ、…路上ライブの時の…ですよね?」
持田はニコっと笑った。
「そう!んで、やっぱりね、いきなり上手く唄うのは難しいと思うからさ、ちょっと練習しよっか」
……練習?じゃあなんでギターケースを…?
「あとさ、一個お願いがあって、あたしをね、最後のお客さんにしてほしーなーなんて」
「え?」
客って?最後の?
「いやさ、もし若松さんが合格出しちゃったらね、清田さんはそれからプロになっちゃうんだよ?だからさ、練習がてら最後のアマチュアとしてのストリートライブをして欲しいんだ、ここでね。それに、みんな出てったから少しは唄いやすいでしょ?」
「………………………」
智美はポカンと口を開けたまま、言葉が出ない。
「ふふっ」
持田はあぐらを組み、終始笑顔を絶やさない。
「私が最後の客じゃ、不服ですかな?」
「……………………あ、いえいえ、そんな!っていうか………いや、じゃあ、お願いします!」
そうか…持田さんあたしに気を使って……ありがとうございます…
智美は笑った。さっきまでのこわばった表情は顔からすっかり消えた。
「いえいえー、こちらこそ」
笑った智美の顔を見て、持田も安心したようだ。
「あ、じゃあ私この椅子いらないです。私、実はあぐら組んで唄うのが好きなんですよー」
「お!いいね〜。んじゃお互いあぐらでいこうか!」
「はい!」
智美は座っていた椅子をどかし、ギターケースを挟んで持田と向かい合うように座り、そしてあぐらを組んだ。
「ほら、実は10分しかないんだ。早く唄って!」
「えぇ?ああぁ、はい!分かりました。じゃさっそく一曲目、「ふるさと」いきます!」
「あいよ!」
…直哉…あたし……よし!!
智美はギターを弾き始めた。
ライブルームはいわば音の密室。
少しくらい大きな音でも、どこにも音が漏れる事はない。
今、ライブルームの中は智美と持田の二人だけの空間。
憧れである持田を前にして智美は、臆することなく堂々と唄った。大きな声で、楽しく、気持ちを込めて。
それは普段のストリートライブの時より、智美はドキドキしたのは間違いなかったが、それゆえに最後にふさわしい、まさに気持ち良いライブだった。
智美は持田の前で3曲唄うことができた。持田は曲が終わるごとに大きな拍手を智美に贈った。満面の笑顔で。
ガチャ
「おーい、練習は終わったかー?」
若松だ。スピーカー越しに話しかけてきた。
「あ……」
もう10分経ったのか…早かった…
智美は演奏を止めた。
「…うん!清田さんすごい良かった!これなら大丈夫でしょ!もう心配いらないね」
「いやぁそんな……持田さん、ありがとうございます!おかげで気持ちが楽になりました」
「へへ、いいよいいよそんな…」
持田はそう言うと、財布から50円玉を一つ取り出し、ギターケースの中へそっと投げ入れた。
「!!! ちょ!え???そんな、持田さん!?」
「へへ、言ったでしょ?これはストリートライブだって。お駄賃」
「…………………………持田さん…」
「んじゃ、清田さんまたね〜〜」
持田は笑顔で手を振りながら、ライブルームから出て行った。
「前島(マネージャー)さん!私、帰りますね」
「あれ、これから聴いていくのでは?」
「うん、たぶん、また聴けると思うから」
「え?」
「若松さん。お疲れ様でした」
「おう、お疲れ!…持田ちゃん、ありがとな」
「いえいえ」
そう言うと、持田はスタジオを後にした。
持田さん…ありがとうございました…!
智美は、50円玉を力強く握り締めた。
#17 ノー プロブレム
- 2008-03-24 (Mon)
- 小説 神様のロトリー
「まず、ここが地下一階です。ここにあるのは、えー、このフロアがリクエーションルームで、それとあの部屋が会議室ですね」
今、自分がいるのが、あのボロい雑居ビルの中とは智美は思えなかった。地下はこのビルの外観とは比べものにならないほど綺麗で近代的であった。
螺旋階段を下りたところにまずあったのはリクエーションルームだ。ビリヤード台やダーツ…マッサージチェアなどが置いてある。
「思いのほかレコーディングというのは時間が掛かるものでして、歌手やスタッフが長時間のレコーディングを耐えるために、リフレッシュという目的でこのような器具が置かれています」
そーなんだ…知らなかった。案外、レコーディングというものは、上手く唄えたらその時点でもう終わりなんだろうと思っていた。一曲作るのに、どの位の時間が掛かるんだろう…
目の前に広がるその風景に、ただただ智美は驚くだけであった。目に映るもの全てが、智美ははじめて見るもののように感じていた。
これが夢にまでみたスタジオの一部分……ついにあたしはここに来たんだ…
「それでは地下二階へ行きましょう。そこにスタジオがあります」
ついに来た。この時が。智美は一つ大きく深呼吸をした。
石川は更に螺旋階段を下へと降りていく。智美は石川の後ろをしっかりとついていく。
一段一段、階段を下へ降りるたびに、自分の鼓動も段々、強くなっていく。
どのくらい地上から離れているのだろう。かなり地下へと降りてきた。
そしてついに,、智美はスタジオがある地下二階にたどり着いた。
階段を降り切ったところには、大きな防音扉があった。とても立派だ。その中からは特に音は聞こえてはこない。
この扉の向こうがスタジオ…あぁ、緊張する…直哉…
「少し、そちらのソファーにお掛けになってて下さい。今、中の様子を確認して参ります。この中に私の上司がいますので、大丈夫でしたら中へとお呼びします」
「あ、は……はい。分かりました」
石川は胸ポケットからカードキーを取り出し、ロックを解除して、防音扉の中へと消えていった。
「ふぅ…」
智美は背負っていたアコースティックギターを床へ置き、ソファーに腰を下ろした。
緊張しているからか、なぜか体が軽く感じる。
智美は目をつむった。なぜか自然と今までの事が頭をよぎる。
…直哉…お父さん、お母さん…たぶん、みんなの支えがなかったらあたしは今、きっとここには来れなかったよ。…ありがとう。一生懸命、気持ちを込めて唄うよ。それで、あとはあたしが自信を持つだけだ。よし!
智美は目を大きく見開いた。
ガチャ
「清田さん、中へどうぞ」
石川が智美を呼んだ。
「はい!」
元気よく返事をした智美は立ち上がり、スタジオの中へ一歩を踏み出した。
そこは、今まではTVでしか見たことがなかった世界。
コントロールルームにある数え切れないほどのスイッチ、見たこともない機械の数々、少し薄暗い部屋。
そしてこの雰囲気、智美が夢に描いていたのと、まったく変わらない。
それが、現実になった瞬間だった。
「やぁ!あなたが清田さん!?はじめまして。私、プロデューサーの若松といいます。昨日から散々、石川からあなたの事は聞かされていますよ。なんでも「ダイヤの原石を見つけた!」とね」
年は50歳くらいだろうか。口の周りに長い髭を生やした、非常に陽気な人が話しかけてきた。どうやら、彼が石川の上司らしい。
「はじめまして、清田智美と申します。本日はよろしくお願いいたします」
智美はお辞儀をしながら、自己紹介をした。
不思議なほど、智美の心は落ち着いていた。さっきまでの緊張は、もう頭の中から消えていた。
「はい!こちらこそよろしくねー!んでもね、悪いけど、ちょっと待っててくれるかなぁ?今ね、持田ちゃんのレコーディング中だからさ。ごめんね、もうすぐ終わると思うから」
え?持田ちゃん?それって、もしかして……
智美はすぐさまライブルームの中を覗いた。
「あっ!」
コントロールルームとライブルームを仕切る一枚の大きな防音ガラス。その仕切るガラスの向こうにあるライブルームにいたのは、智美の大好きなバンド、every many things の持田香里さんだった。
「!!!!!!!!」
おもわず、きゃ〜〜!!と言いそうになったが、智美はそれを必死にこらえた。
まさかこんな場所で会うとは、智美はまったく考えていなかった。
実は智美がはじめて買ったCDもevery many thingsだった。昔からずっとファンである。
すごい、一度、ライブを見に行ったことはあるが、こんな近くで見たことはない。
すごい、やっぱり想像通りの美人だ。
すごい、体からなんかオーラを放っている。
智美は彼女に見とれていた。
「どう?レコーディングするところ見たい?」
若松は智美にそう言った。
え?ま、ま、ま、ま、まさか、持田さんの唄ってるところが見れるの?生歌が聴けるの??
「え………私、ここにいても大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。特別だからね!その代わり、そこの椅子に座って、静かにしててね」
「あ、は、は、は、はい!」
若松はニコっと笑った。
「じゃー持田ちゃん!続きいこうか、準備OK~?」
「はーい、OKで〜す!」
ああああああ…ホントのホントに持田さんの声だ…感動…
「じゃーいくよー…はい!回し…
いったい、どの位の時間だったのだろうか。コントロールルームの端にある椅子に座り、智美はあこがれである持田の歌声をすぐ近くで聴いていた。恐らく二度とめぐり合うことのないこの出来事は、智美に大きな自信を作らせた。
「はい!OK!全部終わりましたー。持田ちゃんお疲れ様でーす!」
「はい、みなさんお疲れ様でーす」
ついにevery many thingsのレコーディングが終わった。智美にとっての夢のような時間は終わった。次は、智美自身が唄う番だ。
よし……あたしだって歌なら負けないんだから…!がんばるぞ…!
レコーディングを終えた持田がコントロールルームに引き返してきた。
「お疲れさまでしたー」
その瞬間、持田と智美の目と目が合った。
え…あ…ど、どうしよ……こ、こんな機会めったにないぞ…よし!
「持田さん、あの、初めまして、清田智美です!以前からファンでした。握手してください!」
「はははっ!」それを見て、笑ったのは若松だ。
「え!?あ、初めまして……」
持田は握手に応じてくれた。
やった〜〜〜〜!握手しちゃった===!智美は心の中で叫んだ。感激である。
智美は持田と繋いだ手を離さない。
「あのー…若松さん?彼女は?」
持田は若松に、なかなか手を放さないこの娘について尋ねた。
ただのファンの一人なら、こんなとこにいるはずがない。不思議に思ったのだろう。
「ははは!あー、えーと彼女はね、昨日、石川が街で見つけてきた歌手だよ。実力を見るために来てもらったんだ」
「へー、石川さんめずらしいですね!あんまり普段スカウトはしないのに」
「いや、清田さんはホントにすごいよ!自分で曲作れるんだから。持田さんも絶対びっくりするから」
石川は持田にそう答えた。
「…ほほう……」
持田は何かを考えこんでいる。
「……前島(マネージャー)さん!私たしか今日はもうこの後、仕事ないですよね?」
持田はマネージャーに尋ねた。
「はい、今日はもう上がりですよ」
マネージャーはそう答えた。
「………じゃあ、せっかくだから、聴いていこうかな、清田さんの曲」
え?
ようやく、智美は持田の手を離した。
今………なんと?
聴いていこうかな?あたしの曲をぉ!??!
「若松さん、別にいいですよね?私ここにいても」
「もちろん、ノー プロブレム」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?
そ、そんなぁ……
今、自分がいるのが、あのボロい雑居ビルの中とは智美は思えなかった。地下はこのビルの外観とは比べものにならないほど綺麗で近代的であった。
螺旋階段を下りたところにまずあったのはリクエーションルームだ。ビリヤード台やダーツ…マッサージチェアなどが置いてある。
「思いのほかレコーディングというのは時間が掛かるものでして、歌手やスタッフが長時間のレコーディングを耐えるために、リフレッシュという目的でこのような器具が置かれています」
そーなんだ…知らなかった。案外、レコーディングというものは、上手く唄えたらその時点でもう終わりなんだろうと思っていた。一曲作るのに、どの位の時間が掛かるんだろう…
目の前に広がるその風景に、ただただ智美は驚くだけであった。目に映るもの全てが、智美ははじめて見るもののように感じていた。
これが夢にまでみたスタジオの一部分……ついにあたしはここに来たんだ…
「それでは地下二階へ行きましょう。そこにスタジオがあります」
ついに来た。この時が。智美は一つ大きく深呼吸をした。
石川は更に螺旋階段を下へと降りていく。智美は石川の後ろをしっかりとついていく。
一段一段、階段を下へ降りるたびに、自分の鼓動も段々、強くなっていく。
どのくらい地上から離れているのだろう。かなり地下へと降りてきた。
そしてついに,、智美はスタジオがある地下二階にたどり着いた。
階段を降り切ったところには、大きな防音扉があった。とても立派だ。その中からは特に音は聞こえてはこない。
この扉の向こうがスタジオ…あぁ、緊張する…直哉…
「少し、そちらのソファーにお掛けになってて下さい。今、中の様子を確認して参ります。この中に私の上司がいますので、大丈夫でしたら中へとお呼びします」
「あ、は……はい。分かりました」
石川は胸ポケットからカードキーを取り出し、ロックを解除して、防音扉の中へと消えていった。
「ふぅ…」
智美は背負っていたアコースティックギターを床へ置き、ソファーに腰を下ろした。
緊張しているからか、なぜか体が軽く感じる。
智美は目をつむった。なぜか自然と今までの事が頭をよぎる。
…直哉…お父さん、お母さん…たぶん、みんなの支えがなかったらあたしは今、きっとここには来れなかったよ。…ありがとう。一生懸命、気持ちを込めて唄うよ。それで、あとはあたしが自信を持つだけだ。よし!
智美は目を大きく見開いた。
ガチャ
「清田さん、中へどうぞ」
石川が智美を呼んだ。
「はい!」
元気よく返事をした智美は立ち上がり、スタジオの中へ一歩を踏み出した。
そこは、今まではTVでしか見たことがなかった世界。
コントロールルームにある数え切れないほどのスイッチ、見たこともない機械の数々、少し薄暗い部屋。
そしてこの雰囲気、智美が夢に描いていたのと、まったく変わらない。
それが、現実になった瞬間だった。
「やぁ!あなたが清田さん!?はじめまして。私、プロデューサーの若松といいます。昨日から散々、石川からあなたの事は聞かされていますよ。なんでも「ダイヤの原石を見つけた!」とね」
年は50歳くらいだろうか。口の周りに長い髭を生やした、非常に陽気な人が話しかけてきた。どうやら、彼が石川の上司らしい。
「はじめまして、清田智美と申します。本日はよろしくお願いいたします」
智美はお辞儀をしながら、自己紹介をした。
不思議なほど、智美の心は落ち着いていた。さっきまでの緊張は、もう頭の中から消えていた。
「はい!こちらこそよろしくねー!んでもね、悪いけど、ちょっと待っててくれるかなぁ?今ね、持田ちゃんのレコーディング中だからさ。ごめんね、もうすぐ終わると思うから」
え?持田ちゃん?それって、もしかして……
智美はすぐさまライブルームの中を覗いた。
「あっ!」
コントロールルームとライブルームを仕切る一枚の大きな防音ガラス。その仕切るガラスの向こうにあるライブルームにいたのは、智美の大好きなバンド、every many things の持田香里さんだった。
「!!!!!!!!」
おもわず、きゃ〜〜!!と言いそうになったが、智美はそれを必死にこらえた。
まさかこんな場所で会うとは、智美はまったく考えていなかった。
実は智美がはじめて買ったCDもevery many thingsだった。昔からずっとファンである。
すごい、一度、ライブを見に行ったことはあるが、こんな近くで見たことはない。
すごい、やっぱり想像通りの美人だ。
すごい、体からなんかオーラを放っている。
智美は彼女に見とれていた。
「どう?レコーディングするところ見たい?」
若松は智美にそう言った。
え?ま、ま、ま、ま、まさか、持田さんの唄ってるところが見れるの?生歌が聴けるの??
「え………私、ここにいても大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。特別だからね!その代わり、そこの椅子に座って、静かにしててね」
「あ、は、は、は、はい!」
若松はニコっと笑った。
「じゃー持田ちゃん!続きいこうか、準備OK~?」
「はーい、OKで〜す!」
ああああああ…ホントのホントに持田さんの声だ…感動…
「じゃーいくよー…はい!回し…
いったい、どの位の時間だったのだろうか。コントロールルームの端にある椅子に座り、智美はあこがれである持田の歌声をすぐ近くで聴いていた。恐らく二度とめぐり合うことのないこの出来事は、智美に大きな自信を作らせた。
「はい!OK!全部終わりましたー。持田ちゃんお疲れ様でーす!」
「はい、みなさんお疲れ様でーす」
ついにevery many thingsのレコーディングが終わった。智美にとっての夢のような時間は終わった。次は、智美自身が唄う番だ。
よし……あたしだって歌なら負けないんだから…!がんばるぞ…!
レコーディングを終えた持田がコントロールルームに引き返してきた。
「お疲れさまでしたー」
その瞬間、持田と智美の目と目が合った。
え…あ…ど、どうしよ……こ、こんな機会めったにないぞ…よし!
「持田さん、あの、初めまして、清田智美です!以前からファンでした。握手してください!」
「はははっ!」それを見て、笑ったのは若松だ。
「え!?あ、初めまして……」
持田は握手に応じてくれた。
やった〜〜〜〜!握手しちゃった===!智美は心の中で叫んだ。感激である。
智美は持田と繋いだ手を離さない。
「あのー…若松さん?彼女は?」
持田は若松に、なかなか手を放さないこの娘について尋ねた。
ただのファンの一人なら、こんなとこにいるはずがない。不思議に思ったのだろう。
「ははは!あー、えーと彼女はね、昨日、石川が街で見つけてきた歌手だよ。実力を見るために来てもらったんだ」
「へー、石川さんめずらしいですね!あんまり普段スカウトはしないのに」
「いや、清田さんはホントにすごいよ!自分で曲作れるんだから。持田さんも絶対びっくりするから」
石川は持田にそう答えた。
「…ほほう……」
持田は何かを考えこんでいる。
「……前島(マネージャー)さん!私たしか今日はもうこの後、仕事ないですよね?」
持田はマネージャーに尋ねた。
「はい、今日はもう上がりですよ」
マネージャーはそう答えた。
「………じゃあ、せっかくだから、聴いていこうかな、清田さんの曲」
え?
ようやく、智美は持田の手を離した。
今………なんと?
聴いていこうかな?あたしの曲をぉ!??!
「若松さん、別にいいですよね?私ここにいても」
「もちろん、ノー プロブレム」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?
そ、そんなぁ……
#16 携帯電話
- 2008-03-23 (Sun)
- 小説 神様のロトリー
智美は迷っていた。
渋谷駅から地下鉄に乗り継ぎ、二駅目で下車して徒歩10分。
確かにここは石川が指定した住所だ。
間違いない。表札に住所が書かれている。
だが、そこはおそらく長い間、車の排気ガスを浴びて壁色が茶色に変色し、壁にひびが入っている少し古ぼけた雑居ビルだった。
4階と5階はおそらく住宅。
3階は弁護士事務所。
2階は会計士事務所。
そして、1階には確かに石川が「ここに来てください」と言っていたARSという看板を掲げた店があるが、黒く大きなカーテンが入り口にかかっており、中の様子を伺う事はできない。
石川は昨日、「明日都内のスタジオで、弊社に所属している歌手がレコーディングを行います……レコーディングが終わった後にスタジオで唄っていただきたい……それでスタジオの場所なんですが、えー、東京都渋谷区渋谷3−……」と確かに言っていた。ここがそうだ。
レコーディングスタジオというのは、こんな古びた雑居ビルの一階にあるのだろうか?決して、このビルは奥行き・幅を考えても大きいとは言えない。面積はテニスコートの半分以下だ。今、この中で誰かがレコーディングをしている?
智美は信じられなかった。
うーーん、どうしよ…ここ…なの?ホントにそうかなぁ?騙されたのかな、もしかして…
冷たい雨が降る中、智美は首を少しかしげながら迷う。入ろうにも、このビルの外観が「ここはレコーディングスタジオじゃあないよ!」と言っているから、一歩を踏み出す勇気が出ない。
ふと智美は腕時計を見た。石川と約束した時間まで、あと5分。
…うーん…よし、なんか危なかったら逃げよう。とりあえず、ちょっと中を覗いてみよう。がんばれ智美!
智美は歯をギリっと強く噛み締め、ドアに向かって一歩を踏み出した。
ガララララ…
智美は引き戸を開け、カーテンをめくり、まず顔だけをその中に入れた。
「はい……どちらさまですか?」
そこには受付係と見られる一人の美しい女性がいた。シンプルな3畳ほどの部屋の奥にはまたドアがある。
「…あのぅ…エイヘックスレコードの石川さんはいますか?私、呼ばれてきたんですが…」
頭だけをビルの中に入れたまま、智美は受付係の女性に質問をした。
「失礼ですが、お名前は?」
「あ……清田(せいた)智美と申します」
受付係の女性は自分の机の上にある一枚のメモに目を向けた、何かを確認しているようだ。
「清田様ですね。すでにお話は承っております。今、石川をお呼びいたしますので、どうぞ中でお待ちになってください」
「あ、はい…失礼します…」
受付係の女性は、智美を中へ招き入れた。どうやらここが本当にレコーディングスタジオらしい。しかし、まだ分からない。更に部屋の奥にあるあのドアの向こうには何があるのか、本当にそこにスタジオがない限り、まだ安心はできない。
智美は部屋の中に入り、ゆっくりと引き戸を閉めた。
受付係の女性は電話機の受話器を取り、ボタンを一つだけ押した。内線電話だろうか。
「あ、もしもし、石川さんいますか?………はい。……………あ、石川さん、今、清田智美様が受け付けの方にお見えになりました。………はい…はい、お願いします」
ガチャ。
「今こちらに向かってますので、少々お待ちください」
「あ、はい。分かりました」
どうやら本当に石川はこのビルの中にいるらしい。
………それにしてもこの受付係の女性、綺麗だ。スタイルもいいし、椅子に座っていてよくは分からないが、おそらく背も高い。十分モデルとしても活躍できそうだ。終始、智美に対して笑顔を絶やさない。こんなところで受付をしているのが不思議だ。
こういう誰か待つという時間は、非常に長く感じる。そしてこの緊張感、前にどこかで…あぁ、そうだ、これは大学入試の時に、椅子に座ってテスト用紙が配られるのを待っていた時と同じ感覚だ。
直哉は今頃何をしてるだろうか。相当疲れてたから、寝てるのかな。
智美は様々なことを考えていた。
ガチャッ
「遠いところ、どうもありがとうございます。お待ちしてました、清田さん」
石川が奥の扉から出てきた。
「こんにちは。どうぞ、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。ではこちらへどうぞ」
石川が智美を奥の部屋へ招きいれた。いったいそこはどうなっているのか、ついに分かる。
…あれ?
智美はあっけにとられた。そこあったのは部屋ではなく、長い廊下だった。その長い廊下の奥にはまた扉がある。さきほど見たビルの外観から考えると、あれはビルの裏口だろうか。
右側には部屋の扉があり、左側には地下に通じると思われる螺旋階段がある。
口をぽかんと開けて驚いている智美に、石川の口が開いた。
「右の部屋は倉庫です。スタジオは地下にあります」
地下があったのか。考えもしなかった。そうか、もし地上にスタジオがあると、外から様々な音が入ってきてしまうからか。
「では、こちらへ」
智美は地下へと降りていく石川の後についていく。この下にスタジオがあるんだと思うと、一瞬、大きな緊張感を智美は感じた。
「清田さん、なんでこんなボロいビルの地下にスタジオがあるんだろうと思いませんでしたか?」
石川が智美に話しかけてきた。もっともな質問だ。
「あ…はい、少し」
智美は控えめに答えた。本当はものすごい疑問に感じている。
「理由があります。まず、このスタジオは関係者以外知りません。ここにスタジオがあるということは、絶対に外部の者には知られてはいけないことになっています。なぜなら、もし外部に漏れてしまったら、いわゆる「おっかけ」と呼ばれる人たちが、このビルの前に張り付いてしまうことになります。それは歌手にとって大きなストレスとなり、レコーディングにも影響を与えるかもしれません。ですので、歌手を安心させ集中させるためには外部と隔離する必要があるわけです。まさか、こんなビルの地下にスタジオがあるだなんて、思う人はいませんよね」
……なるほど。だからこんな場所にスタジオが…
「実は関係者にとっての玄関は、先ほどの廊下の奥にある裏口です。あそこには駐車場がありますので」
なるほど、なるほど。というより、こんな場所に私を連れてきて、この石川は大丈夫なのだろうか。今、ここは秘密の場所だと言っていたのに…
「…あ!そうでした清田さん。スミマセンがここからは携帯電話の電源を切るようにお願いいたします。いかなる音も管理される場所なので…」
…あ……そうか……。
「もし、どなたか連絡したい方がいましたら今の内にお願いします」
螺旋階段の中腹で、石川はそう智美に言った。
二人はそこで立ち止まり、智美はポケットから携帯電話を取り出した。
どうしよう…直哉に電話しようかな………………いや、やっぱりこれ以上頼っちゃいけないよね。
智美は携帯電話を両手で強く握り締めた。
直哉…あたし、がんばるね。行ってきます!
そう思いを込めて、智美は携帯電話の電源を切った。
渋谷駅から地下鉄に乗り継ぎ、二駅目で下車して徒歩10分。
確かにここは石川が指定した住所だ。
間違いない。表札に住所が書かれている。
だが、そこはおそらく長い間、車の排気ガスを浴びて壁色が茶色に変色し、壁にひびが入っている少し古ぼけた雑居ビルだった。
4階と5階はおそらく住宅。
3階は弁護士事務所。
2階は会計士事務所。
そして、1階には確かに石川が「ここに来てください」と言っていたARSという看板を掲げた店があるが、黒く大きなカーテンが入り口にかかっており、中の様子を伺う事はできない。
石川は昨日、「明日都内のスタジオで、弊社に所属している歌手がレコーディングを行います……レコーディングが終わった後にスタジオで唄っていただきたい……それでスタジオの場所なんですが、えー、東京都渋谷区渋谷3−……」と確かに言っていた。ここがそうだ。
レコーディングスタジオというのは、こんな古びた雑居ビルの一階にあるのだろうか?決して、このビルは奥行き・幅を考えても大きいとは言えない。面積はテニスコートの半分以下だ。今、この中で誰かがレコーディングをしている?
智美は信じられなかった。
うーーん、どうしよ…ここ…なの?ホントにそうかなぁ?騙されたのかな、もしかして…
冷たい雨が降る中、智美は首を少しかしげながら迷う。入ろうにも、このビルの外観が「ここはレコーディングスタジオじゃあないよ!」と言っているから、一歩を踏み出す勇気が出ない。
ふと智美は腕時計を見た。石川と約束した時間まで、あと5分。
…うーん…よし、なんか危なかったら逃げよう。とりあえず、ちょっと中を覗いてみよう。がんばれ智美!
智美は歯をギリっと強く噛み締め、ドアに向かって一歩を踏み出した。
ガララララ…
智美は引き戸を開け、カーテンをめくり、まず顔だけをその中に入れた。
「はい……どちらさまですか?」
そこには受付係と見られる一人の美しい女性がいた。シンプルな3畳ほどの部屋の奥にはまたドアがある。
「…あのぅ…エイヘックスレコードの石川さんはいますか?私、呼ばれてきたんですが…」
頭だけをビルの中に入れたまま、智美は受付係の女性に質問をした。
「失礼ですが、お名前は?」
「あ……清田(せいた)智美と申します」
受付係の女性は自分の机の上にある一枚のメモに目を向けた、何かを確認しているようだ。
「清田様ですね。すでにお話は承っております。今、石川をお呼びいたしますので、どうぞ中でお待ちになってください」
「あ、はい…失礼します…」
受付係の女性は、智美を中へ招き入れた。どうやらここが本当にレコーディングスタジオらしい。しかし、まだ分からない。更に部屋の奥にあるあのドアの向こうには何があるのか、本当にそこにスタジオがない限り、まだ安心はできない。
智美は部屋の中に入り、ゆっくりと引き戸を閉めた。
受付係の女性は電話機の受話器を取り、ボタンを一つだけ押した。内線電話だろうか。
「あ、もしもし、石川さんいますか?………はい。……………あ、石川さん、今、清田智美様が受け付けの方にお見えになりました。………はい…はい、お願いします」
ガチャ。
「今こちらに向かってますので、少々お待ちください」
「あ、はい。分かりました」
どうやら本当に石川はこのビルの中にいるらしい。
………それにしてもこの受付係の女性、綺麗だ。スタイルもいいし、椅子に座っていてよくは分からないが、おそらく背も高い。十分モデルとしても活躍できそうだ。終始、智美に対して笑顔を絶やさない。こんなところで受付をしているのが不思議だ。
こういう誰か待つという時間は、非常に長く感じる。そしてこの緊張感、前にどこかで…あぁ、そうだ、これは大学入試の時に、椅子に座ってテスト用紙が配られるのを待っていた時と同じ感覚だ。
直哉は今頃何をしてるだろうか。相当疲れてたから、寝てるのかな。
智美は様々なことを考えていた。
ガチャッ
「遠いところ、どうもありがとうございます。お待ちしてました、清田さん」
石川が奥の扉から出てきた。
「こんにちは。どうぞ、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。ではこちらへどうぞ」
石川が智美を奥の部屋へ招きいれた。いったいそこはどうなっているのか、ついに分かる。
…あれ?
智美はあっけにとられた。そこあったのは部屋ではなく、長い廊下だった。その長い廊下の奥にはまた扉がある。さきほど見たビルの外観から考えると、あれはビルの裏口だろうか。
右側には部屋の扉があり、左側には地下に通じると思われる螺旋階段がある。
口をぽかんと開けて驚いている智美に、石川の口が開いた。
「右の部屋は倉庫です。スタジオは地下にあります」
地下があったのか。考えもしなかった。そうか、もし地上にスタジオがあると、外から様々な音が入ってきてしまうからか。
「では、こちらへ」
智美は地下へと降りていく石川の後についていく。この下にスタジオがあるんだと思うと、一瞬、大きな緊張感を智美は感じた。
「清田さん、なんでこんなボロいビルの地下にスタジオがあるんだろうと思いませんでしたか?」
石川が智美に話しかけてきた。もっともな質問だ。
「あ…はい、少し」
智美は控えめに答えた。本当はものすごい疑問に感じている。
「理由があります。まず、このスタジオは関係者以外知りません。ここにスタジオがあるということは、絶対に外部の者には知られてはいけないことになっています。なぜなら、もし外部に漏れてしまったら、いわゆる「おっかけ」と呼ばれる人たちが、このビルの前に張り付いてしまうことになります。それは歌手にとって大きなストレスとなり、レコーディングにも影響を与えるかもしれません。ですので、歌手を安心させ集中させるためには外部と隔離する必要があるわけです。まさか、こんなビルの地下にスタジオがあるだなんて、思う人はいませんよね」
……なるほど。だからこんな場所にスタジオが…
「実は関係者にとっての玄関は、先ほどの廊下の奥にある裏口です。あそこには駐車場がありますので」
なるほど、なるほど。というより、こんな場所に私を連れてきて、この石川は大丈夫なのだろうか。今、ここは秘密の場所だと言っていたのに…
「…あ!そうでした清田さん。スミマセンがここからは携帯電話の電源を切るようにお願いいたします。いかなる音も管理される場所なので…」
…あ……そうか……。
「もし、どなたか連絡したい方がいましたら今の内にお願いします」
螺旋階段の中腹で、石川はそう智美に言った。
二人はそこで立ち止まり、智美はポケットから携帯電話を取り出した。
どうしよう…直哉に電話しようかな………………いや、やっぱりこれ以上頼っちゃいけないよね。
智美は携帯電話を両手で強く握り締めた。
直哉…あたし、がんばるね。行ってきます!
そう思いを込めて、智美は携帯電話の電源を切った。
#15 五円玉
- 2008-03-22 (Sat)
- 小説 神様のロトリー
ザーーーーーーー………
雨だ。
いよいよ、智美にとって人生を大きく変えるかもしれない大切な日がやって来た。
時間は昼の12時だというのに、空は黒く厚い雲に覆われ、昼間とは思えないほど外は暗く、どんよりとしている。そして寒い。昨日とは正反対の天気。
直哉と智美を乗せた車は駅の降車場に止まった。雨の中、智美を駅まで歩かせたくはないと、直哉が智美を車で駅まで送っていた。
絶え間なく降り続く冷たい雨のせいだろうか、駅周辺にはあまり人影が見えない。昨日はあんなに多くの人がいたのに。
少しの緊張と不安は感じるものの、智美の心は思いのほか落ち着いていた。この状態なら、恐らく良い感じに唄えそうだ。
「よしっ!……んじゃ行ってくるよ」
「うん、……なんて言ったらいいんだろうな……なんか、がんばれって言うのも変だしな…」
「いいよいいよ、ちゃんと気持ち分かってるからさ、家で待っててね」
「本当に、迎えに行かなくてもいいの?」
「うん、歩いて帰るよ。じゃ、行ってきます!」
智美は車のドアノブに手を掛けた。
ガチャ
「あ、智美、忘れ物!」
「え?」
ドアを開けて外に出ようとした智美だったが、直哉の言葉で振り返った。
ピンッ!!
「うッ!」
昨日、智美は直哉が家を出る際、不意を突くキスをして直哉を勇気付けた。
まったく同じ事を直哉は智美にしようとしたのだが、思いのほか運転席のシートベルトが短く、智美の顔まで自分の顔が届かなかった。智美の顔の10cm手前で、直哉の顔は「うっ!」という声と共に止まってしまった。
「あ………え、えへへ」
直哉は笑ってごまかそうとした。
あぁ…オレかっこ悪い。…作戦失敗……。
「…ふふふふふ…あはははっはははっは!!直哉…それはーちょっとかっこ悪いよ!」
智美は笑った。直哉がすごいかわいかった。
「う………うん、クッソー。失敗した〜〜!」
そうだよ俺シートベルトしてるから、そこまで顔が届くわけないじゃん。あー俺ダッサ…。恥ずかし…。はぁ…。
直哉は下を向いて、少し落ち込んだ。
「ふふ!…………あ、ねぇ直哉、左肩になんか付いてるよ」
「え?」
直哉はとっさに自分の左肩を見た。
………chu!
智美は自分の方に顔を向き直した直哉にキスをした。
「…………………………………」
不意を突いたまさかの智美のキスに直哉は驚いた。
「へへー、またあたしの勝ちだ。どうだ、参ったか?」
「…う……、負けました。俺の完敗だ」
「うむ、よろしい」
二人は微笑みあった。結果的には智美が感じていた緊張を和らげてあげることができたので、直哉も、まぁこれでいいかと思った。
「んじゃ、ほんとに行ってくるね」
「うん、がんばってね、ダースーロン!(第8話参照)」
「!!! んもー……」
ほんの少し、智美の顔が赤くなった。
「はは!ゴメンゴメン、ウソだよ、軽い仕返しだよ」
「このぉ……直哉!」
「ん?あれ、怒った?」
「………ありがとう」
まだ少し顔に赤みが残るまま、智美は直哉に言った。心から感謝の気持ちを込めて。
「……おう!」
直哉はニコっと笑って返事をした。
「よし、じゃ、行ってきます!」
「おう!行ってらっしゃい!」
バタン!
智美は車のドアを閉めた。手は振らず、ただ、凛々しい顔をしながら。
智美がプラットホームに消えていくまで、直哉は大きなアコースティックギターを背負ったその後ろ姿を見送った。心の中で智美を一生懸命、応援しながら。
やがて智美の姿が見えなくなると、直哉は車のエンジンを掛けた。
あらかじめ、直哉は智美を駅まで送ったら、その後に行こうと思っていた場所があった。神社だ。
智美の勝利を祈願するために。
直哉自身、あんまり神様を信じるという人間ではないのだが、もしそれで合格する確立が0.0001%位だけでも上がるかもしれないと考えたら、行かずにはいられなかった。
直哉が住んでいる町で一番大きな神社、そこの駐車場に車を停め、傘を差し、直哉は歩きだした。昨日とはまったく違い、真冬のように凍える寒さが身に凍みる。
賽銭箱の前に来た直哉は、財布の中から二枚の五円玉を取り出し、中に投げた。
そして、手を合わせて神様に祈った。
えーっと…どうか智美が合格しますように。どうか今日の智美の歌声がいつもより美声でありますように。智美が自信を持って唄いますように。えーーと、どうか歌詞を間違えませんように。どうか聞く上司という人の耳がイカれて智美の歌声が超美声に聞こえますように。ギターを間違えませんように。大雨で電車が止まりませんように。東京で道に迷いませんように。どうか神様も智美を応援してください。
あと、ついでにどうか俺のセレクションの結果が受かってますように。
雨だ。
いよいよ、智美にとって人生を大きく変えるかもしれない大切な日がやって来た。
時間は昼の12時だというのに、空は黒く厚い雲に覆われ、昼間とは思えないほど外は暗く、どんよりとしている。そして寒い。昨日とは正反対の天気。
直哉と智美を乗せた車は駅の降車場に止まった。雨の中、智美を駅まで歩かせたくはないと、直哉が智美を車で駅まで送っていた。
絶え間なく降り続く冷たい雨のせいだろうか、駅周辺にはあまり人影が見えない。昨日はあんなに多くの人がいたのに。
少しの緊張と不安は感じるものの、智美の心は思いのほか落ち着いていた。この状態なら、恐らく良い感じに唄えそうだ。
「よしっ!……んじゃ行ってくるよ」
「うん、……なんて言ったらいいんだろうな……なんか、がんばれって言うのも変だしな…」
「いいよいいよ、ちゃんと気持ち分かってるからさ、家で待っててね」
「本当に、迎えに行かなくてもいいの?」
「うん、歩いて帰るよ。じゃ、行ってきます!」
智美は車のドアノブに手を掛けた。
ガチャ
「あ、智美、忘れ物!」
「え?」
ドアを開けて外に出ようとした智美だったが、直哉の言葉で振り返った。
ピンッ!!
「うッ!」
昨日、智美は直哉が家を出る際、不意を突くキスをして直哉を勇気付けた。
まったく同じ事を直哉は智美にしようとしたのだが、思いのほか運転席のシートベルトが短く、智美の顔まで自分の顔が届かなかった。智美の顔の10cm手前で、直哉の顔は「うっ!」という声と共に止まってしまった。
「あ………え、えへへ」
直哉は笑ってごまかそうとした。
あぁ…オレかっこ悪い。…作戦失敗……。
「…ふふふふふ…あはははっはははっは!!直哉…それはーちょっとかっこ悪いよ!」
智美は笑った。直哉がすごいかわいかった。
「う………うん、クッソー。失敗した〜〜!」
そうだよ俺シートベルトしてるから、そこまで顔が届くわけないじゃん。あー俺ダッサ…。恥ずかし…。はぁ…。
直哉は下を向いて、少し落ち込んだ。
「ふふ!…………あ、ねぇ直哉、左肩になんか付いてるよ」
「え?」
直哉はとっさに自分の左肩を見た。
………chu!
智美は自分の方に顔を向き直した直哉にキスをした。
「…………………………………」
不意を突いたまさかの智美のキスに直哉は驚いた。
「へへー、またあたしの勝ちだ。どうだ、参ったか?」
「…う……、負けました。俺の完敗だ」
「うむ、よろしい」
二人は微笑みあった。結果的には智美が感じていた緊張を和らげてあげることができたので、直哉も、まぁこれでいいかと思った。
「んじゃ、ほんとに行ってくるね」
「うん、がんばってね、ダースーロン!(第8話参照)」
「!!! んもー……」
ほんの少し、智美の顔が赤くなった。
「はは!ゴメンゴメン、ウソだよ、軽い仕返しだよ」
「このぉ……直哉!」
「ん?あれ、怒った?」
「………ありがとう」
まだ少し顔に赤みが残るまま、智美は直哉に言った。心から感謝の気持ちを込めて。
「……おう!」
直哉はニコっと笑って返事をした。
「よし、じゃ、行ってきます!」
「おう!行ってらっしゃい!」
バタン!
智美は車のドアを閉めた。手は振らず、ただ、凛々しい顔をしながら。
智美がプラットホームに消えていくまで、直哉は大きなアコースティックギターを背負ったその後ろ姿を見送った。心の中で智美を一生懸命、応援しながら。
やがて智美の姿が見えなくなると、直哉は車のエンジンを掛けた。
あらかじめ、直哉は智美を駅まで送ったら、その後に行こうと思っていた場所があった。神社だ。
智美の勝利を祈願するために。
直哉自身、あんまり神様を信じるという人間ではないのだが、もしそれで合格する確立が0.0001%位だけでも上がるかもしれないと考えたら、行かずにはいられなかった。
直哉が住んでいる町で一番大きな神社、そこの駐車場に車を停め、傘を差し、直哉は歩きだした。昨日とはまったく違い、真冬のように凍える寒さが身に凍みる。
賽銭箱の前に来た直哉は、財布の中から二枚の五円玉を取り出し、中に投げた。
そして、手を合わせて神様に祈った。
えーっと…どうか智美が合格しますように。どうか今日の智美の歌声がいつもより美声でありますように。智美が自信を持って唄いますように。えーーと、どうか歌詞を間違えませんように。どうか聞く上司という人の耳がイカれて智美の歌声が超美声に聞こえますように。ギターを間違えませんように。大雨で電車が止まりませんように。東京で道に迷いませんように。どうか神様も智美を応援してください。
あと、ついでにどうか俺のセレクションの結果が受かってますように。
#14 ロマンチスト
- 2008-03-22 (Sat)
- 小説 神様のロトリー
「でさ、インハイの準決のときの相手も選ばれてて、しかも第一試合があん時とまっっったくおんなじ組み合わせでびっくり……」
「健太もすごい調子よくて、3年ぶりにあいつと組んだんだけどさ、全然コンビネーションとかも上手くできて……」
「オレまじですごい調子よくてさ、なんていうの、こう最初が健太で上手く気分に乗れたことも調子に乗れた一因……」
「オレがさ、サービスエース決めたときの中田の顔ときたら、まぁその人マユゲが濃いんだけどさ、眉間にシワよって、んで本当マユゲがM字になっ……」
「ほんで勝った瞬間さ、もうまるで優勝したかのように二人で喜んで、抱き合ってさ、まぁそれを監督が見てたんだろな、それから…………」
お風呂から出た直哉は、まず冷蔵庫に入っていた牛乳を「プッハーー!うまい!」と飲み、それから今日あった自分の武勇伝を智美に話し始めた。
よっぽど今日あったことが楽しかったのだろう。
延々と終わらない直哉の話は1時間近く続いていた。
その間、ずっと智美は微笑みながら直哉の話を聞いていた。
「でね、本当トンカツパワーあったと思うんだ。だから、智美ありがとね」
「いいんだよー。頑張って結果出してくれたみたいだし、あたしもうれしいよ」
「へへー。どうだ!オレって結構かっこいくない?」
「…ん?なに、もしかして「直哉、ホレ直したワ」とか言ってもらいたいわけ?」
「うん、ちょっと言って欲しいかも」
「え〜〜、どうしようかなぁ…どーしよっかなぁ〜」
「言って」
「え〜〜〜」
「言って」
「うーん……直哉、ホレ直した!大好き!」
「ん〜〜〜、えへへ…、ありがと!」
「よっしゃ!言わせたー!」と直哉は心で叫んだ。
ずっと微笑みながら会話をしていた智美だったが、それでも頭の中の半分ほどの意識は明日の事に向けられていた。直哉のセレクション勝利を心から祝福してあげたいが、どうにも頭から明日のことが離れない。
心配。
不安。
期待。
緊張。
様々な感情が心の中を蠢く。
「そーいやさ、智美なんかメールに話したいことがあるってあったよね。なにあれ?」
直哉は試合で着たユニフォームを洗濯するため、洗濯機があるキッチンの方へ歩きながら智美に問いかけた。
「あ……うん」
「なに、もしかして街で歌ってたらナンパされたとか?」
「違うよ!!………あ、でも、ある意味そんなに違うワケでもない………」
「……えぇ!!??」
直哉はびっくりして、洗剤を少し床にこぼしてしまった。冗談のつもりで言ったのに、まさか智美が肯定するとは思ってもいなかった。洗剤をこぼしてしまったが、それを放置したまま直哉は部屋に駆け込んだ。
「ちょ!…え?そんな!どゆこと!?」
智美の正面に座り、直哉は心配そうな顔をしながら覗き込むように智美の顔を見た。
「ふふっ!だから、ナンパじゃあないんだって」
「え?じゃあ何?何があったの?」
相変わらず心配そうな顔をしながら、直哉は智美に問いかける。
「………………スカウト…かな」
「………はい!?」
直哉はますます話が分からなくなった。え?スカウト???
「あのね直哉、あたし今日実は……………」
智美は、今日自分に起きたことを直哉に話した。できるだけ詳しく、忠実に。
最初は「え〜ウソー」と言っていた直哉だったが、あまりにリアルなその話が嘘ではないと分かると、顔つきは次第に真剣さを増していった。
「ほら、これがその石川さんの名刺。………ね、ホントでしょ?」
智美は財布の中に入っていた石川の名刺を取り出し、直哉に渡した。
直哉は正座をし、背筋を伸ばしたまま受け取った名刺を見ている。その目を大きく見開きながら。
「…………………………………………」
直哉は無言だ。驚いて声も出ないのだろうか。
「…………直哉?…なんか言ってよ」
直哉はゆっくりと名刺を床に置いた。そして、真面目な目で智美の顔を見つめた。
「智美……」
「ん?…………………わっ」
直哉は智美を抱きしめた。お互い座ったまま。
力強く、暖かく包み込むように直哉は智美を抱きしめた。
「ちょ……直哉…?」
「…選手交代だね」
「え?」
「……今度はオレが、智美を応援する番だ」
「…あ………うん…」
「ごめんね、オレにできることは、こうやって智美の不安を和らげてあげる事くらいしかないんだ」
「………うん……………」
「オレがトンカツ作ろうとしたら、たぶん火事起こしちゃうから」
「ふふ!……………うん………そうだね…」
「がんばって智美。大丈夫。自信を持って唄えば、きっと上手くいく」
「………うん……………直哉」
「ん?」
「…ありがとう」
智美は直哉の肩にそっと頭を乗せ、目をつむった。直哉のぬくもりが暖かい。心が安らぐ。直哉の気持ちが嬉しい。
「智美、おめでとうっていう言葉は明日までとっとくよ」
「………うん……………このロマンチストめ」
「へへ…どう?オレの事ホレ直した?」
「…………大好き」
智美は直哉を抱き返した。力強く、感謝の気持ちを込めて。
「健太もすごい調子よくて、3年ぶりにあいつと組んだんだけどさ、全然コンビネーションとかも上手くできて……」
「オレまじですごい調子よくてさ、なんていうの、こう最初が健太で上手く気分に乗れたことも調子に乗れた一因……」
「オレがさ、サービスエース決めたときの中田の顔ときたら、まぁその人マユゲが濃いんだけどさ、眉間にシワよって、んで本当マユゲがM字になっ……」
「ほんで勝った瞬間さ、もうまるで優勝したかのように二人で喜んで、抱き合ってさ、まぁそれを監督が見てたんだろな、それから…………」
お風呂から出た直哉は、まず冷蔵庫に入っていた牛乳を「プッハーー!うまい!」と飲み、それから今日あった自分の武勇伝を智美に話し始めた。
よっぽど今日あったことが楽しかったのだろう。
延々と終わらない直哉の話は1時間近く続いていた。
その間、ずっと智美は微笑みながら直哉の話を聞いていた。
「でね、本当トンカツパワーあったと思うんだ。だから、智美ありがとね」
「いいんだよー。頑張って結果出してくれたみたいだし、あたしもうれしいよ」
「へへー。どうだ!オレって結構かっこいくない?」
「…ん?なに、もしかして「直哉、ホレ直したワ」とか言ってもらいたいわけ?」
「うん、ちょっと言って欲しいかも」
「え〜〜、どうしようかなぁ…どーしよっかなぁ〜」
「言って」
「え〜〜〜」
「言って」
「うーん……直哉、ホレ直した!大好き!」
「ん〜〜〜、えへへ…、ありがと!」
「よっしゃ!言わせたー!」と直哉は心で叫んだ。
ずっと微笑みながら会話をしていた智美だったが、それでも頭の中の半分ほどの意識は明日の事に向けられていた。直哉のセレクション勝利を心から祝福してあげたいが、どうにも頭から明日のことが離れない。
心配。
不安。
期待。
緊張。
様々な感情が心の中を蠢く。
「そーいやさ、智美なんかメールに話したいことがあるってあったよね。なにあれ?」
直哉は試合で着たユニフォームを洗濯するため、洗濯機があるキッチンの方へ歩きながら智美に問いかけた。
「あ……うん」
「なに、もしかして街で歌ってたらナンパされたとか?」
「違うよ!!………あ、でも、ある意味そんなに違うワケでもない………」
「……えぇ!!??」
直哉はびっくりして、洗剤を少し床にこぼしてしまった。冗談のつもりで言ったのに、まさか智美が肯定するとは思ってもいなかった。洗剤をこぼしてしまったが、それを放置したまま直哉は部屋に駆け込んだ。
「ちょ!…え?そんな!どゆこと!?」
智美の正面に座り、直哉は心配そうな顔をしながら覗き込むように智美の顔を見た。
「ふふっ!だから、ナンパじゃあないんだって」
「え?じゃあ何?何があったの?」
相変わらず心配そうな顔をしながら、直哉は智美に問いかける。
「………………スカウト…かな」
「………はい!?」
直哉はますます話が分からなくなった。え?スカウト???
「あのね直哉、あたし今日実は……………」
智美は、今日自分に起きたことを直哉に話した。できるだけ詳しく、忠実に。
最初は「え〜ウソー」と言っていた直哉だったが、あまりにリアルなその話が嘘ではないと分かると、顔つきは次第に真剣さを増していった。
「ほら、これがその石川さんの名刺。………ね、ホントでしょ?」
智美は財布の中に入っていた石川の名刺を取り出し、直哉に渡した。
直哉は正座をし、背筋を伸ばしたまま受け取った名刺を見ている。その目を大きく見開きながら。
「…………………………………………」
直哉は無言だ。驚いて声も出ないのだろうか。
「…………直哉?…なんか言ってよ」
直哉はゆっくりと名刺を床に置いた。そして、真面目な目で智美の顔を見つめた。
「智美……」
「ん?…………………わっ」
直哉は智美を抱きしめた。お互い座ったまま。
力強く、暖かく包み込むように直哉は智美を抱きしめた。
「ちょ……直哉…?」
「…選手交代だね」
「え?」
「……今度はオレが、智美を応援する番だ」
「…あ………うん…」
「ごめんね、オレにできることは、こうやって智美の不安を和らげてあげる事くらいしかないんだ」
「………うん……………」
「オレがトンカツ作ろうとしたら、たぶん火事起こしちゃうから」
「ふふ!……………うん………そうだね…」
「がんばって智美。大丈夫。自信を持って唄えば、きっと上手くいく」
「………うん……………直哉」
「ん?」
「…ありがとう」
智美は直哉の肩にそっと頭を乗せ、目をつむった。直哉のぬくもりが暖かい。心が安らぐ。直哉の気持ちが嬉しい。
「智美、おめでとうっていう言葉は明日までとっとくよ」
「………うん……………このロマンチストめ」
「へへ…どう?オレの事ホレ直した?」
「…………大好き」
智美は直哉を抱き返した。力強く、感謝の気持ちを込めて。
#13 万々歳
- 2008-03-20 (Thu)
- 小説 神様のロトリー
「そんなわけだからさ、明日東京行ってそのテストを受けに行って来るよ。……え?もしかしてお母さん真面目に聞いてないでしょ。ホントだってば」
家に着いた智美は母親に電話をしていた。今日、自分に起きたことを。
そして、こうしてここまで育ててくれた事に対してお礼を言うために。
しかし、まさかそんなワケあるまいと、母親は真面目に聞いてくれない。
「だーからホントのホントなの!…………そう、ホントだよ。………え?ちょっと待ってよ。お母さんいきなり泣かないでよ……そりゃ、めでたいっていうか、まだ決まったワケじゃないからさ」
電話の向こうで母親の泣く声が聞こえてくる。そして、それを見て心配したのだろう智美の弟の「お母さん?どうしたの」という声も。
「だーから、その上司の人に認めてもらえないと、歌手にはなれないんだって。…え?大学はどーすんのかって?あ…うん、それは大丈夫。もうほとんど単位は取り終えたから。あとは週1で卒業できるから。うん……うん……そんな大げさなぁ」
電話の向こうでは智美のおばあちゃんの「いったいどうしたんだい?」という声まで聞こえてきた。これ以上、紛らわしくなるとめんどくさくなるので、智美は早めに電話を切ることにした。
「とにかくね、お母さんみんなにも一応言っといてね。そんで……ありがとう、ほんとに今まで。……え?いやなんか今日そういう風に思っちゃってさ。あぁ、だからお父さんにもありがとうって言っといて。明日また電話するから」
ガチャ!
「ただいまぁ」
直哉が帰ってきた。
「あ、じゃまたね、あんまり期待しないで待ってて、うん、じゃ」
智美は電話を切り、直哉を迎えるために玄関へ行った。
「お帰り!直哉!」
「うん…まじ疲れたぁ…」
直哉は玄関で靴を脱がぬまま、座り込んでいる。
智美は玄関で疲れ切っている直哉の姿を見て、なんだかその姿が少年っぽくてかわいいなと思い、少し微笑んだ。
「はいはい、直哉お疲れ!たぶん、へばってると思ってたからさ、お風呂入れといたよ。だから早く靴脱いで。入るでしょ?」
「さーすが智美さん!やっぱりあんた良い奥さんになるよ…うーんよっこいしょ!」
ようやく立ち上がった直哉だったが、フラフラだ。しっかり真っ直ぐ歩けない。
「あー、あー、あー…」
とっさに智美は直哉の手を取った。今にも倒れてしまいそうだったからだ。
「直哉、大丈夫?」
「おぅ、だいじょーぶ。そーいやさっき、智美誰かと電話してなかった?」
智美は直哉の顔を見た。
そうだ…あとでこの人にも話さないとなぁ。
「うん、ちょっと実家にね」
「あぁ…そうだったの…」
ようやく部屋に入った直哉だったが、そのまま床で寝ようとしたため、智美は直哉の体をしっかりと支えた。
「おーーい、直哉の武勇伝を後で聞いてあげるから、はよ風呂に入りなさい」
「うん、……分かった」
ザッパーーーーーー!
勢いよく入ったためか、お風呂の水が少しばかり溢れ出した。
「あぁー疲れたぁーー風呂気持ちいいーー、ふい〜〜〜」
直哉はお風呂に入っている間、セレクションで行われた自分の試合を一試合、一試合、思い返していた。
8試合を行い、直哉の成績は6勝2敗。悪くない。
詳しくは分からないが、恐らく前衛の中で成績では2位には入っているだろう。
最初に組んだ健太との相性が良いと監督に思われたのだろうか、健太と組んだ試合は5試合あり、成績は4勝1敗だった。負けたときの相手はインカレチャンピオンの村瀬・小島だった。彼らはやはり本当に強かった。しかし、直哉と健太にとって新しい目標ができた試合でもあった。
健太の成績も同じく6勝2敗で、うまくいけば二人そろって合格になるかもしれない。
そしてなにより一番印象に残っている試合は第一試合だった。
直哉と健太の二人は、接戦の末、因縁の相手である中田・三宅に勝つことができたのだ。
ゲームカウント3−3でカウント6−5。そして最後に直哉が中田のストロークをポーチで返して勝ちが決まった瞬間、直哉と健太はここがセレクション会場という事も忘れ、大はしゃぎで抱き合って喜んだ。あの喜びはたぶんずっと忘れないだろう。
そして、おそらくこれから彼らが夢の中で出てくることも、もうないだろう。
本当に万々歳だ。
この事を早く智美に話して自慢したいなーと、直哉は思っていた。
話したら、きっとまたオレのことホレ直すだろうなぁ。えヘヘ。
家に着いた智美は母親に電話をしていた。今日、自分に起きたことを。
そして、こうしてここまで育ててくれた事に対してお礼を言うために。
しかし、まさかそんなワケあるまいと、母親は真面目に聞いてくれない。
「だーからホントのホントなの!…………そう、ホントだよ。………え?ちょっと待ってよ。お母さんいきなり泣かないでよ……そりゃ、めでたいっていうか、まだ決まったワケじゃないからさ」
電話の向こうで母親の泣く声が聞こえてくる。そして、それを見て心配したのだろう智美の弟の「お母さん?どうしたの」という声も。
「だーから、その上司の人に認めてもらえないと、歌手にはなれないんだって。…え?大学はどーすんのかって?あ…うん、それは大丈夫。もうほとんど単位は取り終えたから。あとは週1で卒業できるから。うん……うん……そんな大げさなぁ」
電話の向こうでは智美のおばあちゃんの「いったいどうしたんだい?」という声まで聞こえてきた。これ以上、紛らわしくなるとめんどくさくなるので、智美は早めに電話を切ることにした。
「とにかくね、お母さんみんなにも一応言っといてね。そんで……ありがとう、ほんとに今まで。……え?いやなんか今日そういう風に思っちゃってさ。あぁ、だからお父さんにもありがとうって言っといて。明日また電話するから」
ガチャ!
「ただいまぁ」
直哉が帰ってきた。
「あ、じゃまたね、あんまり期待しないで待ってて、うん、じゃ」
智美は電話を切り、直哉を迎えるために玄関へ行った。
「お帰り!直哉!」
「うん…まじ疲れたぁ…」
直哉は玄関で靴を脱がぬまま、座り込んでいる。
智美は玄関で疲れ切っている直哉の姿を見て、なんだかその姿が少年っぽくてかわいいなと思い、少し微笑んだ。
「はいはい、直哉お疲れ!たぶん、へばってると思ってたからさ、お風呂入れといたよ。だから早く靴脱いで。入るでしょ?」
「さーすが智美さん!やっぱりあんた良い奥さんになるよ…うーんよっこいしょ!」
ようやく立ち上がった直哉だったが、フラフラだ。しっかり真っ直ぐ歩けない。
「あー、あー、あー…」
とっさに智美は直哉の手を取った。今にも倒れてしまいそうだったからだ。
「直哉、大丈夫?」
「おぅ、だいじょーぶ。そーいやさっき、智美誰かと電話してなかった?」
智美は直哉の顔を見た。
そうだ…あとでこの人にも話さないとなぁ。
「うん、ちょっと実家にね」
「あぁ…そうだったの…」
ようやく部屋に入った直哉だったが、そのまま床で寝ようとしたため、智美は直哉の体をしっかりと支えた。
「おーーい、直哉の武勇伝を後で聞いてあげるから、はよ風呂に入りなさい」
「うん、……分かった」
ザッパーーーーーー!
勢いよく入ったためか、お風呂の水が少しばかり溢れ出した。
「あぁー疲れたぁーー風呂気持ちいいーー、ふい〜〜〜」
直哉はお風呂に入っている間、セレクションで行われた自分の試合を一試合、一試合、思い返していた。
8試合を行い、直哉の成績は6勝2敗。悪くない。
詳しくは分からないが、恐らく前衛の中で成績では2位には入っているだろう。
最初に組んだ健太との相性が良いと監督に思われたのだろうか、健太と組んだ試合は5試合あり、成績は4勝1敗だった。負けたときの相手はインカレチャンピオンの村瀬・小島だった。彼らはやはり本当に強かった。しかし、直哉と健太にとって新しい目標ができた試合でもあった。
健太の成績も同じく6勝2敗で、うまくいけば二人そろって合格になるかもしれない。
そしてなにより一番印象に残っている試合は第一試合だった。
直哉と健太の二人は、接戦の末、因縁の相手である中田・三宅に勝つことができたのだ。
ゲームカウント3−3でカウント6−5。そして最後に直哉が中田のストロークをポーチで返して勝ちが決まった瞬間、直哉と健太はここがセレクション会場という事も忘れ、大はしゃぎで抱き合って喜んだ。あの喜びはたぶんずっと忘れないだろう。
そして、おそらくこれから彼らが夢の中で出てくることも、もうないだろう。
本当に万々歳だ。
この事を早く智美に話して自慢したいなーと、直哉は思っていた。
話したら、きっとまたオレのことホレ直すだろうなぁ。えヘヘ。
#12 オレンジ色
- 2008-03-20 (Thu)
- 小説 神様のロトリー
エイヘックスといえば大きなレコード会社だが、何よりも印象強く目に飛び込んできたのは新人開発部という文字。
やっぱりこれは……スカウト!?
智美は心臓の鼓動が次第に早くなっていくのを感じた。自分の鼓動の音が聞こえる。
「あ…はい、石川さんですか。ど…どうもはじめまして」
「こちらこそはじめまして」
水分を飲めば少し気持ちも落ち着くのかもしれないが、自分がホットココアを買っていたことを忘れるほど、智美は緊張していた。
しかし石川はそんなことはお構いなしとばかりに淡々と話を始めた。
「先ほど歌の方を聞かせていただきました。非常に良かったと思いました。それで私が実際に聞けたのは3曲のみだったのですが、その3曲とも、今まで聞いたことがない曲でした。あの曲はどちらで?」
「あ…えっと、あれは全部自分で作って……作りました。はい」
「ほう、そうですか。……なるほど。失礼ですが、今、御職業の方は?」
「あぁぁ…え、えっと、大学生です。今、K大学の3年生です。こ…今度4年になります」
「大学生ですか。…専攻のほうは?K大学ということは音楽ではないですよね?」
「あ、…はい違います。が…外国語…特に英語を勉強してます」
「ほう…」
石川は軽くうつむきながら何かを考え始めた。またしても下唇をかるく指でつまみ、足を組み、今度こそ本当の「考える人」のポーズだ。
石川はアイスコーヒーを少し口にした。
あ、そうだそうだ。あたしもココアがあったんだ。
智美はホットココアを一口飲んだ。口の中に広がる暖かく甘い香りが、少し智美の緊張を和らげた。
続いて、気づかれないように鼻で深呼吸をし、軽く咳払いをして、「しっかりしろ智美!」と自分に暗示をかけた。
よし、もう大丈夫だ。
「まだお名前をお伺いしていませんでしたね、えっと…?」
「あ、清田(せいた)智美と申します」
「はい、清田さんですね。先ほど私の名刺を見て気づいたと思いますが、私、新人開発部というところに所属してます。もうなんとなく分かったと思いますが、清田さんの曲と歌唱力、双方とも非常に高い評価をしました。ですが、私一人の力だけでは、清田さんをデビューさせるということはできません。是非とも一度スタジオのお越しいただき、私の上司の方にも歌っていただきたいのですが…」
その瞬間、智美の体の中をスーっと何かが駆け抜け、体が軽くなった。
この気持ち、前にもどこかで感じたことがある。
…そうだ、2年前、はじめて勇気を出して路上で歌ったとき、聞いてくれた人が初めて拍手をしてくれた時に感じたのと…同じ気持ち。
智美は驚いた表情をしていたが、すぐに凛々しい表情に戻し、
「ありがとうございます。是非、お願いします」と、頭を少し下げながら言った。
石川はニコっと微笑んだ。智美の返事に、石川も胸を撫で下ろしたようだ。
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。それでは…ですね、日程なんですが、突然で悪いんですが、明日などいかがでしょう?」
…え?あ、明日!?ちょ!早い!あたしにだって心の準備ってものが…
「実は、明日都内のスタジオで、弊社に所属している歌手がレコーディングを行います。そこに私の上司もいらっしゃるんですが、その…明後日からは海外の方にしばらくPV撮影で上司が行ってしまいまして、できるなら明日、レコーディングが終わった後にスタジオで唄っていただきたいんです」
「はぁ、そうですか…明日…」
智美は悩んだ。できるならもう少し遅らせたいのだが…
ふと、智美は直哉のことを思い出した。今、おそらく彼は頑張っているのだろう。
それなら……あたしも………よし!
智美は覚悟を決めた。
「分かりました。明日、よろしくお願いします」
凛々しい顔で智美は答えた。
「そうですか、こちらこそ、本当によろしくお願いします。上司には強く推薦しておきますから、頑張ってくださいね」
「はい!」
智美は笑顔で答えた。
「それでスタジオの場所なんですが、えー、東京都渋谷区渋谷3−…………………………」
プルルルルルル プルルルルルルル プルルルルルルル…
「あれ〜おかしいなぁ…出ない…」
時間は午後の5時を過ぎた。
空が夕焼けでオレンジ色に染まる頃、直哉と健太は無事にセレクションを終え、一緒にご飯を食べに行くことになった。
夕飯は健太と食べて帰るから、今晩は一緒に食べれないという事と、無事セレクションを終えた事を伝えようと、直哉は智美に電話を掛けているのだが、智美は電話に出ない。
う〜ん…たぶん寝てんのかな、ここんとこ忙しかったし…
「直哉?どーしたの早くメシ食いに行こうぜ。マジ疲れてハラへった」
「おう、ワリワリ、ちょっと待って、メール送るから」
直哉は智美宛にメールを打ち込んだ。
[智美さ〜ん?寝てるのかな??
無事セレクション終わったよ!!トンカツパワー効果てきめんだったよ!まぁ詳しくは家に帰ってからのお楽しみということで!でも結果がでるのは2〜3日後だってさ。健太とご飯食べてから帰ります!もし寝てるんだったら風邪ひかないようにちゃんと布団掛けてから寝てね。智美さん寝相悪いんだから。ごめん、嘘でーす。んじゃ後でね〜。]
よし、送信っと……ピッ!
[メール送信中…]
[送信完了しました]
直哉は携帯電話をジャージのポケットにしまった。
「おし!健太ラーメン食い行かね?大将ラーメンってとこのチャーシューがさ、まじで超うま………」
鮮やかなオレンジ色の夕暮れの中、智美は一人海岸にいた。
まだ三月で海風は冷たく、海岸には智美以外に人影は見当たらない。
砂浜の上で体育座りをして、頭を膝の間にうずめ、波の音だけを聞きながら智美は一人で考え込んでいた。
今日の昼に起きたこと、今までのこと、これからのこと、そして、直哉のこと。
チャラーラーララーラー チャラーラーララーラー♪
智美の携帯電話が鳴った。このメロディは直哉からの着信だ。
「…直哉……………」
智美はポケットから携帯電話を取り出した。
だが、通話ボタンを押すことができない。
直哉のセレクションはいったいどうだったのだろう。
もし、悪かったのなら、今日あたしにあったことはいったいどう話せばいいのだろう。
そう考えると、智美は通話ボタンを押すことができなかった。
チャラーラーララ♪……プツッ!
考えている間に、着信音は止まってしまった。
「う〜ん………ごめん直哉出れなくて……」
また、智美は自分の頭を膝の間にうずめてしまった。
ピッピッピロッピ♪ ピッピッピロッピ♪
また携帯電話がなった。この音楽は直哉からのメールだ。
「………………………………………」
おそるおそる、智美はメールを開いてみた。
[智美さ〜ん?寝てるのかな??
無事セレクション終わったよ!!トンカツパワー効果てきめんだったよ!まぁ詳しくは家に帰ってからのお楽しみということで!でも結果がでるのは2〜3日後だってさ。健太とご飯食べてから帰ります!もし寝てるんだったら風邪ひかないようにちゃんと布団掛けてから寝てね。智美さん寝相悪いんだから。ごめん、嘘でーす。んじゃ後でね〜。]
「…直哉…」
よかった、セレクションうまくいったんだ…
智美は心から安堵した。
あ…あれ?
智美の目からは、なぜか自然に涙がこぼれだしていた。
次々と溢れてくる涙を、智美は止めることができない。
そっか、直哉がいてくれたから…
智美は気づいたのだ。自分は直哉に支えられているということに。
「…直哉……ホントにありがとう。……よし!」
智美は直哉にメールを打った。
[直哉お疲れさま!どうだ!あたしのトンカツパワーはすごかったろ!?
家で待ってるね!この前みたいに電車で寝過ごさないこと!
あと、あたしも直哉に話したいことがあります]
[メール送信中…]
[送信完了しました]
「うん、帰ろう!」
智美は立ち上がり、夕日に背を向け、家に向かって歩きだした。大きなアコースティックギターを背負って。
やっぱりこれは……スカウト!?
智美は心臓の鼓動が次第に早くなっていくのを感じた。自分の鼓動の音が聞こえる。
「あ…はい、石川さんですか。ど…どうもはじめまして」
「こちらこそはじめまして」
水分を飲めば少し気持ちも落ち着くのかもしれないが、自分がホットココアを買っていたことを忘れるほど、智美は緊張していた。
しかし石川はそんなことはお構いなしとばかりに淡々と話を始めた。
「先ほど歌の方を聞かせていただきました。非常に良かったと思いました。それで私が実際に聞けたのは3曲のみだったのですが、その3曲とも、今まで聞いたことがない曲でした。あの曲はどちらで?」
「あ…えっと、あれは全部自分で作って……作りました。はい」
「ほう、そうですか。……なるほど。失礼ですが、今、御職業の方は?」
「あぁぁ…え、えっと、大学生です。今、K大学の3年生です。こ…今度4年になります」
「大学生ですか。…専攻のほうは?K大学ということは音楽ではないですよね?」
「あ、…はい違います。が…外国語…特に英語を勉強してます」
「ほう…」
石川は軽くうつむきながら何かを考え始めた。またしても下唇をかるく指でつまみ、足を組み、今度こそ本当の「考える人」のポーズだ。
石川はアイスコーヒーを少し口にした。
あ、そうだそうだ。あたしもココアがあったんだ。
智美はホットココアを一口飲んだ。口の中に広がる暖かく甘い香りが、少し智美の緊張を和らげた。
続いて、気づかれないように鼻で深呼吸をし、軽く咳払いをして、「しっかりしろ智美!」と自分に暗示をかけた。
よし、もう大丈夫だ。
「まだお名前をお伺いしていませんでしたね、えっと…?」
「あ、清田(せいた)智美と申します」
「はい、清田さんですね。先ほど私の名刺を見て気づいたと思いますが、私、新人開発部というところに所属してます。もうなんとなく分かったと思いますが、清田さんの曲と歌唱力、双方とも非常に高い評価をしました。ですが、私一人の力だけでは、清田さんをデビューさせるということはできません。是非とも一度スタジオのお越しいただき、私の上司の方にも歌っていただきたいのですが…」
その瞬間、智美の体の中をスーっと何かが駆け抜け、体が軽くなった。
この気持ち、前にもどこかで感じたことがある。
…そうだ、2年前、はじめて勇気を出して路上で歌ったとき、聞いてくれた人が初めて拍手をしてくれた時に感じたのと…同じ気持ち。
智美は驚いた表情をしていたが、すぐに凛々しい表情に戻し、
「ありがとうございます。是非、お願いします」と、頭を少し下げながら言った。
石川はニコっと微笑んだ。智美の返事に、石川も胸を撫で下ろしたようだ。
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。それでは…ですね、日程なんですが、突然で悪いんですが、明日などいかがでしょう?」
…え?あ、明日!?ちょ!早い!あたしにだって心の準備ってものが…
「実は、明日都内のスタジオで、弊社に所属している歌手がレコーディングを行います。そこに私の上司もいらっしゃるんですが、その…明後日からは海外の方にしばらくPV撮影で上司が行ってしまいまして、できるなら明日、レコーディングが終わった後にスタジオで唄っていただきたいんです」
「はぁ、そうですか…明日…」
智美は悩んだ。できるならもう少し遅らせたいのだが…
ふと、智美は直哉のことを思い出した。今、おそらく彼は頑張っているのだろう。
それなら……あたしも………よし!
智美は覚悟を決めた。
「分かりました。明日、よろしくお願いします」
凛々しい顔で智美は答えた。
「そうですか、こちらこそ、本当によろしくお願いします。上司には強く推薦しておきますから、頑張ってくださいね」
「はい!」
智美は笑顔で答えた。
「それでスタジオの場所なんですが、えー、東京都渋谷区渋谷3−…………………………」
プルルルルルル プルルルルルルル プルルルルルルル…
「あれ〜おかしいなぁ…出ない…」
時間は午後の5時を過ぎた。
空が夕焼けでオレンジ色に染まる頃、直哉と健太は無事にセレクションを終え、一緒にご飯を食べに行くことになった。
夕飯は健太と食べて帰るから、今晩は一緒に食べれないという事と、無事セレクションを終えた事を伝えようと、直哉は智美に電話を掛けているのだが、智美は電話に出ない。
う〜ん…たぶん寝てんのかな、ここんとこ忙しかったし…
「直哉?どーしたの早くメシ食いに行こうぜ。マジ疲れてハラへった」
「おう、ワリワリ、ちょっと待って、メール送るから」
直哉は智美宛にメールを打ち込んだ。
[智美さ〜ん?寝てるのかな??
無事セレクション終わったよ!!トンカツパワー効果てきめんだったよ!まぁ詳しくは家に帰ってからのお楽しみということで!でも結果がでるのは2〜3日後だってさ。健太とご飯食べてから帰ります!もし寝てるんだったら風邪ひかないようにちゃんと布団掛けてから寝てね。智美さん寝相悪いんだから。ごめん、嘘でーす。んじゃ後でね〜。]
よし、送信っと……ピッ!
[メール送信中…]
[送信完了しました]
直哉は携帯電話をジャージのポケットにしまった。
「おし!健太ラーメン食い行かね?大将ラーメンってとこのチャーシューがさ、まじで超うま………」
鮮やかなオレンジ色の夕暮れの中、智美は一人海岸にいた。
まだ三月で海風は冷たく、海岸には智美以外に人影は見当たらない。
砂浜の上で体育座りをして、頭を膝の間にうずめ、波の音だけを聞きながら智美は一人で考え込んでいた。
今日の昼に起きたこと、今までのこと、これからのこと、そして、直哉のこと。
チャラーラーララーラー チャラーラーララーラー♪
智美の携帯電話が鳴った。このメロディは直哉からの着信だ。
「…直哉……………」
智美はポケットから携帯電話を取り出した。
だが、通話ボタンを押すことができない。
直哉のセレクションはいったいどうだったのだろう。
もし、悪かったのなら、今日あたしにあったことはいったいどう話せばいいのだろう。
そう考えると、智美は通話ボタンを押すことができなかった。
チャラーラーララ♪……プツッ!
考えている間に、着信音は止まってしまった。
「う〜ん………ごめん直哉出れなくて……」
また、智美は自分の頭を膝の間にうずめてしまった。
ピッピッピロッピ♪ ピッピッピロッピ♪
また携帯電話がなった。この音楽は直哉からのメールだ。
「………………………………………」
おそるおそる、智美はメールを開いてみた。
[智美さ〜ん?寝てるのかな??
無事セレクション終わったよ!!トンカツパワー効果てきめんだったよ!まぁ詳しくは家に帰ってからのお楽しみということで!でも結果がでるのは2〜3日後だってさ。健太とご飯食べてから帰ります!もし寝てるんだったら風邪ひかないようにちゃんと布団掛けてから寝てね。智美さん寝相悪いんだから。ごめん、嘘でーす。んじゃ後でね〜。]
「…直哉…」
よかった、セレクションうまくいったんだ…
智美は心から安堵した。
あ…あれ?
智美の目からは、なぜか自然に涙がこぼれだしていた。
次々と溢れてくる涙を、智美は止めることができない。
そっか、直哉がいてくれたから…
智美は気づいたのだ。自分は直哉に支えられているということに。
「…直哉……ホントにありがとう。……よし!」
智美は直哉にメールを打った。
[直哉お疲れさま!どうだ!あたしのトンカツパワーはすごかったろ!?
家で待ってるね!この前みたいに電車で寝過ごさないこと!
あと、あたしも直哉に話したいことがあります]
[メール送信中…]
[送信完了しました]
「うん、帰ろう!」
智美は立ち上がり、夕日に背を向け、家に向かって歩きだした。大きなアコースティックギターを背負って。
#11 トレイ
- 2008-03-20 (Thu)
- 小説 神様のロトリー
「ふぇ!?」
突然の質問に、虚をつかれた智美はしっかりと返事をすることができなかった。
「あなたはどうして、歌を唄っているんですか?」
スーツ姿の男はもう一度同じ質問をした。
いそいそとしていた移動準備を止め、ぽかんと口を半開きにしたまま智美はスーツ姿の男を見つめる。
歳は一見30代に見えるが、もしかしたら40以上かもしれない。だが、どちらにしてもその年齢には相応しない多くのアクセサリーを身に纏い、髪の毛もゆるくパーマがかかっている。
あ…あれ、あたし今なんて言われたんだっけ…あぁ、なんで歌唄ってるのかだっけか。
自分を取り戻した智美は質問の答えを考えた。
なんでって…そりゃぁ…
「あぁ、私の歌聞いててくれたん…ですか?どうもありがとうございます。一応、これでもシンガーソングライター目指してて……はい」
たぶんこの人は私の歌を評価してくれたのだろう。
礼を交えて、智美は軽い笑顔で明るく答えた。
「ふむ…」
そう言ったきり、男は考え込むように沈黙を始めた。下を向き、下唇を右手の親指と人差し指でつまみ、まるで立っている状態の「考える人」のようだ。
あれ、黙っちゃったよ…なんだこの人……何が言いたいんだろ。
智美は歌を褒めてもらえるのかなと少しウキウキしていたのだが、どうやらそういうワケではないようだ。
10秒くらいだっただろうか。男が口を開いた。
「その夢…僕に託してみませんか?」
「……………………は?」
何…を言ってるんだこの人??夢を僕に託してみませんか?託す?夢を?え?あたしの夢を?シンガーソングライター??……いや、…たぶんこれ危ない勧誘かな…
智美がそう思うのも無理はない。突然、アナタの夢私に託してみませんか?と言われて信じられる人などあまりいない。世間でいったら、これはいわゆるマルチ商法の可能性が一番高い。
少しこのスーツ姿の男に不信感を抱いた智美だったが、それは間違いだったとすぐに気づいた。
このスーツ姿の男の目は、本気の目をしていた。
「あなたとお話したいことがあります。もしよろしければ、すぐそこにあるドドールに来ていただけませんか?お待ちしてます」
「え?…あの…」
男はそれだけを言い残し、軽く智美に会釈をして、すたすたとドドールのある方向へと歩いていった。
コッコッコッっと地下道に響く彼のブーツの音が、やたらと智美の耳に響いていた。
「……………………………………………………………え……?」
智美は自問自答を心の中で繰り返した。
いったい彼は何者なのか?
彼を信じていいのか?
夢を託すの意味とは?
…そして、ドドールに行くべきか否か…。
おそらく5分ほどの間、自分の心でしっかり考えた智美だったが、結局なにもかも分からぬままだった。
だが、智美の心は非常に何かを期待していた。それがいったい何かとは、智美自身分かってはいたが、それは考えないようにしていた。確率的にいって、東京から少し離れたこの街に、そんな人がいるとは思えない。智美はそう思っていた。
しかし、気づけば智美は自分のアコースティックギターを背負い、ドドールに向けて歩き出していた。もしかしたら危ない何かが待っているかもしれない、もしかしたらただのイタズラだったのかもしれない、だが自分の心が求めていることがもし、そこで待っているならばと思うと、行かずにはいられなかった。
ドドールの前に着いた智美は一度立ち止まり、大きく深呼吸をした。いつもは気軽に立ち寄ることができる店なのに、今回は非常に緊張する。まるで店の中にRPGゲームのラスボスでも待っているかのような気分だ。
「よし!」
一つ気合を入れ、ドアを開けた。
見慣れたはずの店内の風景が、いつもとはなんだか違って見える。
智美はすぐに1Fのフロアーを見回してみたが、さっきの男の姿は見えなかった。なんだか、智美は少しホッとした。
だが、このドドールは三階建てだ。2Fもしくは3Fにいるのだろうか。
カウンターでホットココアを買い、智美は階段を登った。
だが、2Fにはいない。
更に階段を登り、智美は3Fにでた。
…いた。さっきの男だ。
窓際の席で外を見ながらタバコを吸い、おそらく先ほど買ったのであろうアイスコーヒーは、すでに3分の1ほどがなくなっていた。
ここまで来ればもう引き返すワケにはいかない。
ここでまた一つ深呼吸をし、智美はスーツ姿の男の下へ歩き出した。
智美が来てくれたことに気づいたスーツ姿の男は、タバコを灰皿に押し付けて火を消した。
「来てくれたんですね」彼はそう言った。
何も言わず、ただ軽く会釈をした智美はテーブル向かいの席に座り、ホットココアが乗っているトレイをテーブルの上にそっと乗せた。男のアイスコーヒーが乗っているトレイとはぶつからないように。
さっきは分からなかったが、実はこの男は非常に優しい目をしていた。人を安心させるような、そんな目をしている。
「では改めまして、私こういう者です」
スーツの内ポケットから名刺を差し出してきた。ついにこの男の正体が分かると思うと、智美は少しドキドキした。そこに書いてあったのは、
株式会社エイへックスレコード 新人開発部 石川拓
突然の質問に、虚をつかれた智美はしっかりと返事をすることができなかった。
「あなたはどうして、歌を唄っているんですか?」
スーツ姿の男はもう一度同じ質問をした。
いそいそとしていた移動準備を止め、ぽかんと口を半開きにしたまま智美はスーツ姿の男を見つめる。
歳は一見30代に見えるが、もしかしたら40以上かもしれない。だが、どちらにしてもその年齢には相応しない多くのアクセサリーを身に纏い、髪の毛もゆるくパーマがかかっている。
あ…あれ、あたし今なんて言われたんだっけ…あぁ、なんで歌唄ってるのかだっけか。
自分を取り戻した智美は質問の答えを考えた。
なんでって…そりゃぁ…
「あぁ、私の歌聞いててくれたん…ですか?どうもありがとうございます。一応、これでもシンガーソングライター目指してて……はい」
たぶんこの人は私の歌を評価してくれたのだろう。
礼を交えて、智美は軽い笑顔で明るく答えた。
「ふむ…」
そう言ったきり、男は考え込むように沈黙を始めた。下を向き、下唇を右手の親指と人差し指でつまみ、まるで立っている状態の「考える人」のようだ。
あれ、黙っちゃったよ…なんだこの人……何が言いたいんだろ。
智美は歌を褒めてもらえるのかなと少しウキウキしていたのだが、どうやらそういうワケではないようだ。
10秒くらいだっただろうか。男が口を開いた。
「その夢…僕に託してみませんか?」
「……………………は?」
何…を言ってるんだこの人??夢を僕に託してみませんか?託す?夢を?え?あたしの夢を?シンガーソングライター??……いや、…たぶんこれ危ない勧誘かな…
智美がそう思うのも無理はない。突然、アナタの夢私に託してみませんか?と言われて信じられる人などあまりいない。世間でいったら、これはいわゆるマルチ商法の可能性が一番高い。
少しこのスーツ姿の男に不信感を抱いた智美だったが、それは間違いだったとすぐに気づいた。
このスーツ姿の男の目は、本気の目をしていた。
「あなたとお話したいことがあります。もしよろしければ、すぐそこにあるドドールに来ていただけませんか?お待ちしてます」
「え?…あの…」
男はそれだけを言い残し、軽く智美に会釈をして、すたすたとドドールのある方向へと歩いていった。
コッコッコッっと地下道に響く彼のブーツの音が、やたらと智美の耳に響いていた。
「……………………………………………………………え……?」
智美は自問自答を心の中で繰り返した。
いったい彼は何者なのか?
彼を信じていいのか?
夢を託すの意味とは?
…そして、ドドールに行くべきか否か…。
おそらく5分ほどの間、自分の心でしっかり考えた智美だったが、結局なにもかも分からぬままだった。
だが、智美の心は非常に何かを期待していた。それがいったい何かとは、智美自身分かってはいたが、それは考えないようにしていた。確率的にいって、東京から少し離れたこの街に、そんな人がいるとは思えない。智美はそう思っていた。
しかし、気づけば智美は自分のアコースティックギターを背負い、ドドールに向けて歩き出していた。もしかしたら危ない何かが待っているかもしれない、もしかしたらただのイタズラだったのかもしれない、だが自分の心が求めていることがもし、そこで待っているならばと思うと、行かずにはいられなかった。
ドドールの前に着いた智美は一度立ち止まり、大きく深呼吸をした。いつもは気軽に立ち寄ることができる店なのに、今回は非常に緊張する。まるで店の中にRPGゲームのラスボスでも待っているかのような気分だ。
「よし!」
一つ気合を入れ、ドアを開けた。
見慣れたはずの店内の風景が、いつもとはなんだか違って見える。
智美はすぐに1Fのフロアーを見回してみたが、さっきの男の姿は見えなかった。なんだか、智美は少しホッとした。
だが、このドドールは三階建てだ。2Fもしくは3Fにいるのだろうか。
カウンターでホットココアを買い、智美は階段を登った。
だが、2Fにはいない。
更に階段を登り、智美は3Fにでた。
…いた。さっきの男だ。
窓際の席で外を見ながらタバコを吸い、おそらく先ほど買ったのであろうアイスコーヒーは、すでに3分の1ほどがなくなっていた。
ここまで来ればもう引き返すワケにはいかない。
ここでまた一つ深呼吸をし、智美はスーツ姿の男の下へ歩き出した。
智美が来てくれたことに気づいたスーツ姿の男は、タバコを灰皿に押し付けて火を消した。
「来てくれたんですね」彼はそう言った。
何も言わず、ただ軽く会釈をした智美はテーブル向かいの席に座り、ホットココアが乗っているトレイをテーブルの上にそっと乗せた。男のアイスコーヒーが乗っているトレイとはぶつからないように。
さっきは分からなかったが、実はこの男は非常に優しい目をしていた。人を安心させるような、そんな目をしている。
「では改めまして、私こういう者です」
スーツの内ポケットから名刺を差し出してきた。ついにこの男の正体が分かると思うと、智美は少しドキドキした。そこに書いてあったのは、
株式会社エイへックスレコード 新人開発部 石川拓
#10 礼儀
- 2008-03-16 (Sun)
- 小説 神様のロトリー
まさかこの日がまたやってくるとは。
実に約3年半ぶりとなるこの対戦。直哉は心のどこかでこの日を待っていた。
彼らはオレたちの事を覚えているだろうか。
否。昔、4−2という普通のスコアで勝った時の相手の事など、覚えているとは思えない。
自分なら忘れる。
だが、オレたちは忘れない。あなたたちのことを。
なぜなら、あの時、オレたちの夢を途絶えさせたのは、あなたたちだから。
ウォーミングアップと練習が終わり、選手たちは自分の試合が行われるコートに散らばった。Aコートではインカレチャンピオンを相手にどう攻めていこうかと、今日が初対面の徳永と田嶋が話しあっている。お互いのプレースタイルをまだ知らない二人だ。作戦が逆に迷いを生まなければいいのだが。
「直哉、あいつら見ろよ。同じ大学だよ」
健太が話しかけてきた。本当だ。中田・三宅がお揃いのピンク色のユニフォームを着ている。
「おーホントだ。なんだよ…高校も一緒で大学も一緒か…そうとうラブラブだな、あいつら…」
「な、しかもかなり危ない意味でのラブラブだぞありゃ」
「うん、間違いねー。元インハイチャンプでラブラブでゲジマユでメガネでピンク……こりゃー二回も負けられませんな、健太」
「ですな」
懐かしい。この試合前の健太とのやり取り…ふざけているようだがコレも作戦の一つだ。
自分は彼らよりも強い、そう自らを洗脳させる。勝てるという自信を持つために。
スポーツにおいて、過信すぎず、程よく自分に自信を持たせるということは、思いのほか結果を大きく左右する。
「それではトスを行いますので両者中央へ」
審判が呼んだ。いよいよ試合が始まる。
ソフトテニスでは試合前にどちらからサーブを打つかを決めるため、まず互いの前衛同士でジャンケンをする。負けた者が自分のラケットを地面で駒のように回し、ラケットが回っている間に勝った者が表か裏かを宣言する。ラケットにはあらかじめ表と裏を判別するマークが付いており、ラケットが地面に倒れたとき宣言と同じマークがラケットの上面に付いていれば、勝ったものがサーブかレシーブを選べる選択権を得る。もし外れれば、ジャンケンで負けたものが選択権を得る。確立はいずれにせよ50と50。
直哉たちの狙いはレシーブだ。昔から健太と組むときはいつもそうしてきた。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
お互いに一礼をし、直哉と三宅はジャンケンをするために一歩前へ出た。
一瞬互いの目が合う。
「最初はグー、ジャンケンぽい」
勝ったのは直哉だ。三宅が自分のラケットを回す。
「裏でおねがいします」
直哉は裏を宣言した。
ラケットが地面に倒れた。裏だ。直哉たちが選択権を得た。
直哉は一度健太の方を見た。健太は軽くうなずいた。健太の言いたい事は分かっている。
「レシーブでお願いします」
よし、まずはOKだ。健太もよしよしとうなずいている。
「試合は7ゲームマッチで行います。両者今回のセレク……」
緊張感が辺りを漂う中、審判が試合の説明を始めた。しかし、すでに彼らの試合は始まっている。果たして相手はどのようにしてくるのかと、お互いの顔を見合いながら、選手たちの頭の中では色々なシミュレーションを繰り返しイメージする。あまり、審判の話は耳には入らない。
「それでは試合を行います!両者、礼!」
「お願いします!」
「お願いします!」
大きな声でお互いに礼をした。
負けられないのは向こうも同じだ。
だが、この試合は直哉と健太にとって、セレクションとはまた別にもう一つ大きな意味を持つ。
今、おそらく一生忘れることができない、激しい試合が始まろうとしていた。
「健太!」
直哉は自分の持ち場へ向かう健太を呼び止めた。
振り返った健太に直哉は、健太の前に自分の右の手のひらを差し出した。
分かるだろ?忘れるなよこの合図を…と目でしゃべりながら。
健太は微笑んだ。
そうだったな…ごめんごめんと目が言っているのが分かる。
「声出していこうぜ!!」
二人は笑った。あの頃とまったく同じように。
「おう!!」
パシッ!!
健太は直哉の手の平を叩いた。力強く、強い思いを込めて。
「セブンゲームマッチ、プレイボール!」
同じ頃、智美は東京から少し離れた大きな街にいた。
電車の高架下にある歩行者専用地下通路。おせじにもキレイとは言いがたい場所。
小さなシートを敷き、あぐらを組み、アコースティックギターを弾きながら、そこで智美は唄っていた。
この日は土曜日で天気もよく、春の暖かい陽気に誘われてか、多くの人が街に繰り出していた。
智美の夢はシンガーソングライターになること。大学では軽音部には入らず、吹奏楽部に入った。理由はその方がなぜか、新しいメロディが浮かびやすいからだそうだ。
直哉は音楽のセンスはまったく持ち合わせていない人間だったが、それでも智美のポテンシャルが高いという事は分かっていた。歌声がとてもキレイなのだ。まさに美声という言葉がよく似合う。少なくともよくテレビで見るキャラ重視の歌手に比べれば、二枚も三枚も智美の方が上手だ。
地下道に響く智美の歌声に、行き行く人々は必ずと言っていいほど一度は視線を智美に向けていた。智美の周りには次第に多くの人々が集まりだしていたが、それが通路の妨げになっていると警察の人に注意され、智美は仕方なく場所を変えることにした。
移動準備をしてる智美に、一人のスーツ姿の男が話しかけてきた。
「どうして、歌を唄っているんですか?」
実に約3年半ぶりとなるこの対戦。直哉は心のどこかでこの日を待っていた。
彼らはオレたちの事を覚えているだろうか。
否。昔、4−2という普通のスコアで勝った時の相手の事など、覚えているとは思えない。
自分なら忘れる。
だが、オレたちは忘れない。あなたたちのことを。
なぜなら、あの時、オレたちの夢を途絶えさせたのは、あなたたちだから。
ウォーミングアップと練習が終わり、選手たちは自分の試合が行われるコートに散らばった。Aコートではインカレチャンピオンを相手にどう攻めていこうかと、今日が初対面の徳永と田嶋が話しあっている。お互いのプレースタイルをまだ知らない二人だ。作戦が逆に迷いを生まなければいいのだが。
「直哉、あいつら見ろよ。同じ大学だよ」
健太が話しかけてきた。本当だ。中田・三宅がお揃いのピンク色のユニフォームを着ている。
「おーホントだ。なんだよ…高校も一緒で大学も一緒か…そうとうラブラブだな、あいつら…」
「な、しかもかなり危ない意味でのラブラブだぞありゃ」
「うん、間違いねー。元インハイチャンプでラブラブでゲジマユでメガネでピンク……こりゃー二回も負けられませんな、健太」
「ですな」
懐かしい。この試合前の健太とのやり取り…ふざけているようだがコレも作戦の一つだ。
自分は彼らよりも強い、そう自らを洗脳させる。勝てるという自信を持つために。
スポーツにおいて、過信すぎず、程よく自分に自信を持たせるということは、思いのほか結果を大きく左右する。
「それではトスを行いますので両者中央へ」
審判が呼んだ。いよいよ試合が始まる。
ソフトテニスでは試合前にどちらからサーブを打つかを決めるため、まず互いの前衛同士でジャンケンをする。負けた者が自分のラケットを地面で駒のように回し、ラケットが回っている間に勝った者が表か裏かを宣言する。ラケットにはあらかじめ表と裏を判別するマークが付いており、ラケットが地面に倒れたとき宣言と同じマークがラケットの上面に付いていれば、勝ったものがサーブかレシーブを選べる選択権を得る。もし外れれば、ジャンケンで負けたものが選択権を得る。確立はいずれにせよ50と50。
直哉たちの狙いはレシーブだ。昔から健太と組むときはいつもそうしてきた。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
お互いに一礼をし、直哉と三宅はジャンケンをするために一歩前へ出た。
一瞬互いの目が合う。
「最初はグー、ジャンケンぽい」
勝ったのは直哉だ。三宅が自分のラケットを回す。
「裏でおねがいします」
直哉は裏を宣言した。
ラケットが地面に倒れた。裏だ。直哉たちが選択権を得た。
直哉は一度健太の方を見た。健太は軽くうなずいた。健太の言いたい事は分かっている。
「レシーブでお願いします」
よし、まずはOKだ。健太もよしよしとうなずいている。
「試合は7ゲームマッチで行います。両者今回のセレク……」
緊張感が辺りを漂う中、審判が試合の説明を始めた。しかし、すでに彼らの試合は始まっている。果たして相手はどのようにしてくるのかと、お互いの顔を見合いながら、選手たちの頭の中では色々なシミュレーションを繰り返しイメージする。あまり、審判の話は耳には入らない。
「それでは試合を行います!両者、礼!」
「お願いします!」
「お願いします!」
大きな声でお互いに礼をした。
負けられないのは向こうも同じだ。
だが、この試合は直哉と健太にとって、セレクションとはまた別にもう一つ大きな意味を持つ。
今、おそらく一生忘れることができない、激しい試合が始まろうとしていた。
「健太!」
直哉は自分の持ち場へ向かう健太を呼び止めた。
振り返った健太に直哉は、健太の前に自分の右の手のひらを差し出した。
分かるだろ?忘れるなよこの合図を…と目でしゃべりながら。
健太は微笑んだ。
そうだったな…ごめんごめんと目が言っているのが分かる。
「声出していこうぜ!!」
二人は笑った。あの頃とまったく同じように。
「おう!!」
パシッ!!
健太は直哉の手の平を叩いた。力強く、強い思いを込めて。
「セブンゲームマッチ、プレイボール!」
同じ頃、智美は東京から少し離れた大きな街にいた。
電車の高架下にある歩行者専用地下通路。おせじにもキレイとは言いがたい場所。
小さなシートを敷き、あぐらを組み、アコースティックギターを弾きながら、そこで智美は唄っていた。
この日は土曜日で天気もよく、春の暖かい陽気に誘われてか、多くの人が街に繰り出していた。
智美の夢はシンガーソングライターになること。大学では軽音部には入らず、吹奏楽部に入った。理由はその方がなぜか、新しいメロディが浮かびやすいからだそうだ。
直哉は音楽のセンスはまったく持ち合わせていない人間だったが、それでも智美のポテンシャルが高いという事は分かっていた。歌声がとてもキレイなのだ。まさに美声という言葉がよく似合う。少なくともよくテレビで見るキャラ重視の歌手に比べれば、二枚も三枚も智美の方が上手だ。
地下道に響く智美の歌声に、行き行く人々は必ずと言っていいほど一度は視線を智美に向けていた。智美の周りには次第に多くの人々が集まりだしていたが、それが通路の妨げになっていると警察の人に注意され、智美は仕方なく場所を変えることにした。
移動準備をしてる智美に、一人のスーツ姿の男が話しかけてきた。
「どうして、歌を唄っているんですか?」
#9 トップレベル
- 2008-03-14 (Fri)
- 小説 神様のロトリー
ここか…
雲ひとつない青空の下、ついに直哉は、東京都S市にあるヨネクッス専属テニスコートに着いた。
電車を3本乗り継ぎ、掛かった時間は2時間30分。
直哉はその2時間30分もの間、音楽を聞きながら今までの事を想い返していた。
それまでのソフトテニスのこと。
サキさんのこと。
智美のこと。
今まで自分を支えてくれた人たちのこと。
感謝の気持ちを込めながら。
やはり大企業のテニスコートというだけあって、その規模は今まで見たことがない程、大きかった。周りを見渡しただけでもテニスコートは8面以上もある。そしてキレイだ。
直哉は集合時間の10分前に着いた。もうすでにそこには全国から集まった選手が10人ほど集まっていた。出身校のレベルだけで見たら、直哉はおそらく最下位だろう。
そこにはまだ、健太の姿は見えなかった。
「………あっ」
直哉は健太以外に知っている人はいないと思っていた。いや、勝手にそうだと思い込んでいた。
それは違った。
忘れもしない、あの顔は。今まで何回夢の中に出てきたことだろう。
中田・三宅(第3話参照)だ。高校生の時に直哉たちを破った元インターハイチャンピオン。ちゃっかり選ばれている。
彼らが直哉の目に入った瞬間、直哉の体の奥から湧き上がる新しい感情が生まれた。今まで感じたことがない感情。これはいったい…
「おーい!直哉―!!久しぶりー!!」
健太が大きく手を振りながら笑顔で走ってきた。久しぶりの再会を祝うように。
「お…おう。健太」
健太に気づき、一瞬目線を健太に向けた直哉だったが、またすぐに目線を中田・三宅の方に戻した。
「なーにどしたの、そんな怒ったような目しちゃってー、何見てんのー?………………………あっ」
健太も気づいたようだ。彼らの存在に。
「…健太、あいつら覚えてるか?」
「……忘れられないよ、あのゲジマユ(中田)とメガネ(三宅)の二人だけは…」
「…だよな…」
直哉は健太の顔を見た。健太の目つきが次第に変わってゆくのが分かった。自分と同じように。
「それではみなさん!こちらにお集まりください!!」
ジャージ姿の男が大きな声で集合をかけた。あの色黒の男は見覚えがある。直哉をセレクションに呼んだ男、相川だ。
「えー、本日はお忙しい中、弊社のセレクションにお集まりいただきまして誠にありがとうございます。私、えー、すでにお会いした方もいらっしゃると思いますが、本日このセレクションの監督をやらせていただきます相川と申します。よろしくお願いします。前衛7名・後衛8名、総勢15人もの選手が各地からお集まりいただいたこと、誠にお礼を申し上げます。本日の簡単なスケジュールを申しますと、まず最初にウォーミングアップと軽い練習を行った後、練習試合を行っていただきます。組みますペアについてはこちらで指定させていただきますのでご了承ください。それでは、さっそくですが第一試合についてのペアを発表します」
なんとも言えぬ緊張感が選手たちを包む。
直哉だけではなく選手全員が息を飲んだ。おそらくはこの練習試合こそが、もっとも大事な選考材料となるのだろう。
この場にいる大半の者がお互いに顔見知りでもない。いままで組んだこともない。
せいぜい噂で聞いたり、大きな大会でなんとなく見たことがある程度だ。
はじめて組んでさっそく上手く機能することは、難しい。
順応性が試される。
「まずAコート!」
「S大学 徳永紀夫 J大学 田嶋啓介ペア 対 T大学 村瀬純一 小島宏樹ペア」
「T大の村瀬・小島…あれが…」
健太がそうつぶやいた。どうやら知っているようだ。
「知ってるの?」
「あぁ、去年のインカレのチャンピオンだよ」
「…あれが…」
直哉が高校生だった頃は聞いたこともない名前だが…インカレの優勝者がいるのか。やはりこのセレクションは大学トップレベルのみが集っている。
「続いてBコート!」
その瞬間、名を読み上げる相川の目が、一瞬、直哉の方を向いた。
「え?」
なんだ?
「G大学 葉山健太 K大学 木下直哉ペア 対 O大学 中田亮 三宅雄太ペア」
「!!! なっ…………………!」
…偶然……にしては、できすぎている!ありえない。仕組まれている?なぜ?
「最後にCコート!」
「Y大学 二ノ宮康 H大学 佐……………………………………………以上です。残りの選手は今回は各コートで副審の方をお願いします!」
直哉は健太の顔を見た。やはり健太も驚きの表情を隠せない。
二人はお互いの顔を見合った。
表情ではなく、お互いの目の奥にある何かを二人は感じとった。
そうか…健太…そうだよな。
お互いの目の奥には、まるで炎のような、熱い何かがあった。
「やるか?」
直哉は健太に聞いた。
「おう、やろうぜ!」
健太は答えた。
なぜこんな組み合わせになったかなんてどうでもいい。やるべき事はただ一つ。
リベンジだ。
雲ひとつない青空の下、ついに直哉は、東京都S市にあるヨネクッス専属テニスコートに着いた。
電車を3本乗り継ぎ、掛かった時間は2時間30分。
直哉はその2時間30分もの間、音楽を聞きながら今までの事を想い返していた。
それまでのソフトテニスのこと。
サキさんのこと。
智美のこと。
今まで自分を支えてくれた人たちのこと。
感謝の気持ちを込めながら。
やはり大企業のテニスコートというだけあって、その規模は今まで見たことがない程、大きかった。周りを見渡しただけでもテニスコートは8面以上もある。そしてキレイだ。
直哉は集合時間の10分前に着いた。もうすでにそこには全国から集まった選手が10人ほど集まっていた。出身校のレベルだけで見たら、直哉はおそらく最下位だろう。
そこにはまだ、健太の姿は見えなかった。
「………あっ」
直哉は健太以外に知っている人はいないと思っていた。いや、勝手にそうだと思い込んでいた。
それは違った。
忘れもしない、あの顔は。今まで何回夢の中に出てきたことだろう。
中田・三宅(第3話参照)だ。高校生の時に直哉たちを破った元インターハイチャンピオン。ちゃっかり選ばれている。
彼らが直哉の目に入った瞬間、直哉の体の奥から湧き上がる新しい感情が生まれた。今まで感じたことがない感情。これはいったい…
「おーい!直哉―!!久しぶりー!!」
健太が大きく手を振りながら笑顔で走ってきた。久しぶりの再会を祝うように。
「お…おう。健太」
健太に気づき、一瞬目線を健太に向けた直哉だったが、またすぐに目線を中田・三宅の方に戻した。
「なーにどしたの、そんな怒ったような目しちゃってー、何見てんのー?………………………あっ」
健太も気づいたようだ。彼らの存在に。
「…健太、あいつら覚えてるか?」
「……忘れられないよ、あのゲジマユ(中田)とメガネ(三宅)の二人だけは…」
「…だよな…」
直哉は健太の顔を見た。健太の目つきが次第に変わってゆくのが分かった。自分と同じように。
「それではみなさん!こちらにお集まりください!!」
ジャージ姿の男が大きな声で集合をかけた。あの色黒の男は見覚えがある。直哉をセレクションに呼んだ男、相川だ。
「えー、本日はお忙しい中、弊社のセレクションにお集まりいただきまして誠にありがとうございます。私、えー、すでにお会いした方もいらっしゃると思いますが、本日このセレクションの監督をやらせていただきます相川と申します。よろしくお願いします。前衛7名・後衛8名、総勢15人もの選手が各地からお集まりいただいたこと、誠にお礼を申し上げます。本日の簡単なスケジュールを申しますと、まず最初にウォーミングアップと軽い練習を行った後、練習試合を行っていただきます。組みますペアについてはこちらで指定させていただきますのでご了承ください。それでは、さっそくですが第一試合についてのペアを発表します」
なんとも言えぬ緊張感が選手たちを包む。
直哉だけではなく選手全員が息を飲んだ。おそらくはこの練習試合こそが、もっとも大事な選考材料となるのだろう。
この場にいる大半の者がお互いに顔見知りでもない。いままで組んだこともない。
せいぜい噂で聞いたり、大きな大会でなんとなく見たことがある程度だ。
はじめて組んでさっそく上手く機能することは、難しい。
順応性が試される。
「まずAコート!」
「S大学 徳永紀夫 J大学 田嶋啓介ペア 対 T大学 村瀬純一 小島宏樹ペア」
「T大の村瀬・小島…あれが…」
健太がそうつぶやいた。どうやら知っているようだ。
「知ってるの?」
「あぁ、去年のインカレのチャンピオンだよ」
「…あれが…」
直哉が高校生だった頃は聞いたこともない名前だが…インカレの優勝者がいるのか。やはりこのセレクションは大学トップレベルのみが集っている。
「続いてBコート!」
その瞬間、名を読み上げる相川の目が、一瞬、直哉の方を向いた。
「え?」
なんだ?
「G大学 葉山健太 K大学 木下直哉ペア 対 O大学 中田亮 三宅雄太ペア」
「!!! なっ…………………!」
…偶然……にしては、できすぎている!ありえない。仕組まれている?なぜ?
「最後にCコート!」
「Y大学 二ノ宮康 H大学 佐……………………………………………以上です。残りの選手は今回は各コートで副審の方をお願いします!」
直哉は健太の顔を見た。やはり健太も驚きの表情を隠せない。
二人はお互いの顔を見合った。
表情ではなく、お互いの目の奥にある何かを二人は感じとった。
そうか…健太…そうだよな。
お互いの目の奥には、まるで炎のような、熱い何かがあった。
「やるか?」
直哉は健太に聞いた。
「おう、やろうぜ!」
健太は答えた。
なぜこんな組み合わせになったかなんてどうでもいい。やるべき事はただ一つ。
リベンジだ。
#8 箸
- 2008-03-14 (Fri)
- 小説 神様のロトリー
「ねー、ほんとに手伝わなくていいのー?」
「いいから、そこでゆっくりしてて!こっち来ちゃだめだよ」
「…は〜〜い」
智美は書置き通りに直哉の部屋にやってきた。片手に大きな買い物袋をさげながら。
夕飯が何かと悟られたくないからと、智美は直哉を部屋に追い込み、一人で料理を作っている。仕方なく直哉は部屋でコタツに入り、TVを見ている。
「ね〜、はらへったよ智美さん〜」
部屋とキッチンを隔てるドア越しに、直哉は言った。直哉はハラペコだ。
「もうすぐできるから!直太郎、そこでお座り!まて!」
ん…?直太郎?もしかしてオレ犬?
「了解だワン!」
「よし!えらいえらい」
こんなたわいないことでも今の直哉にとっては幸せで、昨日まで感じていたセレクションの緊張感もいつのまにか薄れていた。
ガラララララ…
「できたよー」
「お!待ってました!」
ん…この匂いは、まさか…!
「はい、どうぞ!」
「おお!」
そこには鮮やかなキツネ色に揚げあがった大きなトンカツがあった。しかも二切れも。
「トンカツかぁ!うまそぅ!」
「へへー、どうだ!私んちはね、次の日に入試とか試験とかある日はね、夕食にカツを食べるんだ。だって(勝つ)だから」
「あーうん知ってるそれ。いいから早く食べよう」
もはや直哉には目の前にあるトンカツしか目に入らなかった。
「はいはい、分かったよ直太郎。んじゃ食べよっか、いただきまーす」
「いただきまーす!」
直哉はトンカツにソースをたっぷりかけ、まず一口食べた。
「ん!!」
「どう?もしかしたらちょっと衣が硬いかなーなんて思ったんだけど…」
「んーん!マジおいしい!コレ最高!…智美さん…あなた良い奥さんになるよ」
「へへー。でしょ?」
喜んで食べている直哉の顔を見て、智美も幸せなようだ。
「んでさ、私ソフトテニスの事はよくわかんないけど、実際どうなの?他にも強い人いっぱい来るんでしょ?」
食事をしながら智美が話しかけてきた。やはり智美も内心ではすごく明日のことを気にしているようだ。
「あー、……健太のことオレ前に言ったの覚えてる?ほら、高校の時にペア組んでたって人」
「ケンタ……あ、うん、覚えてる。インターハイの時のだよね」
「そう。今日連絡したらさ、あいつも呼ばれたらしい。セレクションに」
「…へぇ!良かったじゃん。知ってる人がいてさ」
「うん、でね、健太って今、東北の大学行ってるんだけどさ、健太いわく東北地方で選ばれたのは自分ひとりだけなんだって」
「え!?」
それまで滑らかに動いていた智美の箸が一瞬、止まった。
「…あ…へぇ、じゃ健太って人、相当上手いんだね」
「うん、…あいつは上手いよ。でも健太のほかにも上手い人はやっぱりいたと思うんだ。ていうか、いたって言ってたんだ健太が。それでもあいつだけしか選ばれてないってことは、相当レベルの高い人しか明日は集まらないって事だと思うんだ」
「…そう……だろね」
直哉はちらっと智美の顔を見た。下を向き、少し眉間に力を入れている表情からも、どうやら明日行われるセレクションがどのくらい難しいことなのかが、なんとなく智美も分かったようだ。
「智美!だーいじょーぶだって、俺も強いんだよ?それに、こーやってトンカツパワーも補給したことだしさ。準備は万端!まずこの時点で俺が一歩リード!ってね」
あくまで明るく振舞う直哉だったが、それでもあまり智美の不安を拭い去る事はできなかったようだ。智美の表情で直哉は悟った。
しかし智美はそれでも今、直哉に不安な気持ちは作らせるのは良くないと思ったのか、無理やり明るく振舞おうとしていた。
「そうだよ!だぶん昨夜トンカツ食べてパワーアップした人は直哉だけなんだから、明日はきっと絶好調だ!!頑張ってね」
「うん。きっと勝つよ!」
直哉は微笑みながら答えた。
「そんじゃ行って来るね。智美は今日はどうするの?」
靴を履き、大きなラケットバッグを背負い、i pod をジャージのポケットに入れた直哉は玄関まで見送りにきた智美に聞いた。
「んー、どうしようかな。んー…なんか家で待ってたら直哉のこと気になってハラハラしそうだからさ、街に行って唄ってくるよ」
「そうか、気をつけてね」
「うん、直哉もがんばって!」
「おう!任せとけ!んじゃ行ってきます!」
ガチャ!
「あ、直哉、忘れ物!」
「え?」
ドアを開けて外に出ようとした直哉だったが、智美の言葉で振り返った。
………chu!
智美は振り返った直哉にキスをした。
「………………………」
直哉は不意を突かれたキスに少し驚いた。
「ほらね、忘れ物あったでしょ?」
「……………………ダースーロン」
「え?なに?」
「ダースーロン。中国語で大きい色の狼って書いて大色狼(ダースーロン)」
「え?なにそれどういう意味?」
「んーとね………エロイ人って意味!へへっ!」
その瞬間智美の顔が少し赤くなった。
「!!んもーーーー!ほら!早く行け!」
「はい!へへ。ねぇ智美!」
「ん?」
「…ありがとね」
直哉は心から気持ちを込めながら言った。ふざけずに、ただ真面目に。
その瞬間、もう少し智美の顔が一段と赤くなった。
「ん〜…うん。ほら、電車に遅れるよ。はよ行け」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ガチャ。
直哉は小さく微笑みながらドアを閉めた。智美も最後まで、ドアが閉まって見えなくなるまで、微笑み返してくれた。
「よーし、行くかぁ」
直哉は駅に向かって歩き出した。
ジャージから i pod を取り出し、イヤホンを耳につけた。
聞く曲はL.A.SQUASHのturning your scene。
ボーカルは女性だが、疾走間にあふれていて、聞いていて気持ちがいいロックな歌だ。
日本人なのに全部英語歌詞で、何を言っているのかは半分以上分からないが、直哉にとって気持ちを高めて集中力を上げるには最高の曲だ。
「いいから、そこでゆっくりしてて!こっち来ちゃだめだよ」
「…は〜〜い」
智美は書置き通りに直哉の部屋にやってきた。片手に大きな買い物袋をさげながら。
夕飯が何かと悟られたくないからと、智美は直哉を部屋に追い込み、一人で料理を作っている。仕方なく直哉は部屋でコタツに入り、TVを見ている。
「ね〜、はらへったよ智美さん〜」
部屋とキッチンを隔てるドア越しに、直哉は言った。直哉はハラペコだ。
「もうすぐできるから!直太郎、そこでお座り!まて!」
ん…?直太郎?もしかしてオレ犬?
「了解だワン!」
「よし!えらいえらい」
こんなたわいないことでも今の直哉にとっては幸せで、昨日まで感じていたセレクションの緊張感もいつのまにか薄れていた。
ガラララララ…
「できたよー」
「お!待ってました!」
ん…この匂いは、まさか…!
「はい、どうぞ!」
「おお!」
そこには鮮やかなキツネ色に揚げあがった大きなトンカツがあった。しかも二切れも。
「トンカツかぁ!うまそぅ!」
「へへー、どうだ!私んちはね、次の日に入試とか試験とかある日はね、夕食にカツを食べるんだ。だって(勝つ)だから」
「あーうん知ってるそれ。いいから早く食べよう」
もはや直哉には目の前にあるトンカツしか目に入らなかった。
「はいはい、分かったよ直太郎。んじゃ食べよっか、いただきまーす」
「いただきまーす!」
直哉はトンカツにソースをたっぷりかけ、まず一口食べた。
「ん!!」
「どう?もしかしたらちょっと衣が硬いかなーなんて思ったんだけど…」
「んーん!マジおいしい!コレ最高!…智美さん…あなた良い奥さんになるよ」
「へへー。でしょ?」
喜んで食べている直哉の顔を見て、智美も幸せなようだ。
「んでさ、私ソフトテニスの事はよくわかんないけど、実際どうなの?他にも強い人いっぱい来るんでしょ?」
食事をしながら智美が話しかけてきた。やはり智美も内心ではすごく明日のことを気にしているようだ。
「あー、……健太のことオレ前に言ったの覚えてる?ほら、高校の時にペア組んでたって人」
「ケンタ……あ、うん、覚えてる。インターハイの時のだよね」
「そう。今日連絡したらさ、あいつも呼ばれたらしい。セレクションに」
「…へぇ!良かったじゃん。知ってる人がいてさ」
「うん、でね、健太って今、東北の大学行ってるんだけどさ、健太いわく東北地方で選ばれたのは自分ひとりだけなんだって」
「え!?」
それまで滑らかに動いていた智美の箸が一瞬、止まった。
「…あ…へぇ、じゃ健太って人、相当上手いんだね」
「うん、…あいつは上手いよ。でも健太のほかにも上手い人はやっぱりいたと思うんだ。ていうか、いたって言ってたんだ健太が。それでもあいつだけしか選ばれてないってことは、相当レベルの高い人しか明日は集まらないって事だと思うんだ」
「…そう……だろね」
直哉はちらっと智美の顔を見た。下を向き、少し眉間に力を入れている表情からも、どうやら明日行われるセレクションがどのくらい難しいことなのかが、なんとなく智美も分かったようだ。
「智美!だーいじょーぶだって、俺も強いんだよ?それに、こーやってトンカツパワーも補給したことだしさ。準備は万端!まずこの時点で俺が一歩リード!ってね」
あくまで明るく振舞う直哉だったが、それでもあまり智美の不安を拭い去る事はできなかったようだ。智美の表情で直哉は悟った。
しかし智美はそれでも今、直哉に不安な気持ちは作らせるのは良くないと思ったのか、無理やり明るく振舞おうとしていた。
「そうだよ!だぶん昨夜トンカツ食べてパワーアップした人は直哉だけなんだから、明日はきっと絶好調だ!!頑張ってね」
「うん。きっと勝つよ!」
直哉は微笑みながら答えた。
「そんじゃ行って来るね。智美は今日はどうするの?」
靴を履き、大きなラケットバッグを背負い、i pod をジャージのポケットに入れた直哉は玄関まで見送りにきた智美に聞いた。
「んー、どうしようかな。んー…なんか家で待ってたら直哉のこと気になってハラハラしそうだからさ、街に行って唄ってくるよ」
「そうか、気をつけてね」
「うん、直哉もがんばって!」
「おう!任せとけ!んじゃ行ってきます!」
ガチャ!
「あ、直哉、忘れ物!」
「え?」
ドアを開けて外に出ようとした直哉だったが、智美の言葉で振り返った。
………chu!
智美は振り返った直哉にキスをした。
「………………………」
直哉は不意を突かれたキスに少し驚いた。
「ほらね、忘れ物あったでしょ?」
「……………………ダースーロン」
「え?なに?」
「ダースーロン。中国語で大きい色の狼って書いて大色狼(ダースーロン)」
「え?なにそれどういう意味?」
「んーとね………エロイ人って意味!へへっ!」
その瞬間智美の顔が少し赤くなった。
「!!んもーーーー!ほら!早く行け!」
「はい!へへ。ねぇ智美!」
「ん?」
「…ありがとね」
直哉は心から気持ちを込めながら言った。ふざけずに、ただ真面目に。
その瞬間、もう少し智美の顔が一段と赤くなった。
「ん〜…うん。ほら、電車に遅れるよ。はよ行け」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ガチャ。
直哉は小さく微笑みながらドアを閉めた。智美も最後まで、ドアが閉まって見えなくなるまで、微笑み返してくれた。
「よーし、行くかぁ」
直哉は駅に向かって歩き出した。
ジャージから i pod を取り出し、イヤホンを耳につけた。
聞く曲はL.A.SQUASHのturning your scene。
ボーカルは女性だが、疾走間にあふれていて、聞いていて気持ちがいいロックな歌だ。
日本人なのに全部英語歌詞で、何を言っているのかは半分以上分からないが、直哉にとって気持ちを高めて集中力を上げるには最高の曲だ。
#7 感謝
- 2008-03-12 (Wed)
- 小説 神様のロトリー
直哉が話をしている間、サキさんはただ静かに聞いていた。
直哉は時折、サキさんに視線を向けながら話していたが、サキさんは直哉に視線を向けることはなく、ただ、目の前にある卓球台だけを見ていた。
「……そんなワケで、俺セレクションを受けようと思ってるんです…」
約5分位だっただろうか、ただ静かに聞いていたサキさんは、直哉が話を終えるとゆっくりと視線を直哉に向けた。
「直哉…お前なんで俺にあの時言わなかったんだよ…」
どことなくトーンの低い声でサキさんは言った。
やはり、自分は呼ばれなかったことがサキさんはショックだったのだろうか。
直哉は言ったことを少し後悔しかけた。
「そんな大事なこと……なに?もしかして俺は呼ばれなかったからってんで、それ聞いたらヘコむとでも思ったから黙ってたワケ?」
…ん?おぉ?ということは…
「ちょっと……はい、なんだかあの時は少し言いづらくて…」
「…はぁー……」サキさんは一つため息をついた。
「アホか!直哉お前アホだなぁ。俺ヘコむワケないべーよ。ていうか、おめでとう!お前すごいなぁ!ホントすごいよ!やったじゃんか!!」
あぁ…良かった。サキさんは落ち込んでない、喜んでくれてる…俺の考えすぎだ。俺のバカ。
直哉は心から安堵した。
「いやー、まじで俺嬉しいよ。これで心おきなく俺は卒業できる」
「え?」
なんだか引っかかる言い方だと、直哉は思った。心おきなく?
「いや、実は俺とお前が最初にペアを組んだときさ、もう3年くらい前か、俺がなんていうか……お前のそのテニスの才能っていうの?それをつぶしちゃうんじゃないかって思ってた時があってさ。ほら、ウチ強くないから監督もいないじゃん。こんな環境じゃお前のその才能が育たないんじゃないかって思ってさ。おれもそこまで上手くないし」
「…え、いや、そんな……」
そんなことをサキさんが思っていただなんて、直哉は思いもしなかった。
「だからさ、俺すげー口すっぱくしてお前にいろいろ言ってたんだよ。あーした方がいい、こーした方がいいって、練習中にさ。まぁ、なぜかお前が結構素直に聞いていてくれたから良かったってのもあるけど」
直哉が素直に聞いていたのは、監督以外に指導してくれたことが今までになく、そして先輩に教えてもらえるという事が直哉にとって新鮮で、そして嬉しいという理由からだけであった。まさか、サキさんにそんな思いがあって指導をしてくれていたとは…俺のバカバカ…
「お前気づいてないかもしれないけどさ、この三年で実はお前結構上手くなってるんだぞ。まぁこれで俺の仕事も無事完了って事だな。お前に次と繋げるきっかけを作ってあげることができた。感謝しろよ俺に。めったにいねーぞこんな先輩。自分で言うのもなんだけど」
「…………………」
直哉はサキさんに対する感謝の気持ちでいっぱいだった。なにかお礼の言葉を言わなきゃと心では思っているのだが、でも、何かしゃべれば涙がこぼれ落ちそうだった。
「ん?ほら、先輩ありがとうございましたって言いなさい」
「………………………ありがとうございました、サキさん」
「…ま、いっか。がんばれよ!直哉」
直哉は泣きそうになるのを必死にこらえて、一言だけ「ありがとうございます」と言った。
気持ちのこもったその一言だけで、サキさんに感謝の気持ちは十分伝わったが、直哉の心の中では何回も感謝の気持ちが響いていた。
「んで、そのセレクションっていつなの?」
「えっと、明後日です。…あ、いや。日付的にはもう明日ですね」
「!! えぇ!? 明日!?! お前、こんなとこで徹夜してて平気かよ?」
「あぁ、それは全然平気です。大丈夫」
「あぁ…、それならいいけどさ…」
まぁ、サキさんがそう思うのも無理はない。30時間後に大切なセレクションを控えているのに、漫画喫茶で徹夜してる方が確かにおかしい。でも…
「それに、サキさんに言いたかったんですよこの事。お礼もまだ言ってなかったし」
「おぉ…そうか、それはどうもね…」
出た、サキさんの照れ笑いが。どうもサキさんは照れるのは恥ずかしくて苦手らしい。
「さーて、話も無事終わったトコで、最後のもう一勝負やりますか?言っとくけど、この話と卓球の罰ゲームは話が別だぜ?絶対直哉にラララライ体操させてやる。彩の前で」
「ふふっ!」
直哉は小さく笑った。この人はそんなに俺に卓球で勝ちたいのかね。すごい負けず嫌いだ。
「あー、おめー今笑ったな!…言っとくけど、今までの俺は実力の75%しか出してなかったぜ?なんていうかほら…一応俺が先輩だからさ」
「ハイ、ハイ!」
「てめー、今、笑ったことを後悔させてやるぜ。かかってこい!」
ガチャッ!!
「ラララライ!ラララライ!ラララライカラライカ イッケイケGO!GO!!」
勢いよくドアを開け中に侵入し、笑顔でラララライ体操を始めたのはサキさんだ。結局、彼は一度も直哉に卓球で勝つ事はできなかった。
「あはははははは!!次絶対それだと思った!!やっぱ当たった!!ていうか、あんたどんだけ卓球弱いんだよサキ!あははははははは!!」
やっぱりサキさんのモノマネは彩さんにとって笑いのツボだ。また腹を抱えて笑っている。
「ラララライ!ラララライ!イッケイケ………」
サキさんは相変わらず一人で楽しく踊っている。
ん?…あ………
直哉は何か大きな違和感を感じた。そういえばラララライ体操って……
「ラララライ!ラララライ!イッケイケGO!GO!!」
気がつけば直哉も部屋の中に侵入し、サキさんの隣でラララライ体操を始めていた。
そう。もはや卓球の勝敗なんて関係ない。ラララライ体操とは一人ではなく、二人でやって初めて本当のラララライ体操だと思ったのだ。これが直哉とサキさんの最後のコンビプレーだ。
「あははははははは!!いいよ直哉!でも恥ずかしがっちゃダメ!!もっとはっちゃけて!!サキみたいに!!」
うぅ。かなり恥ずかしい。やっぱやんなきゃよかったかもしれない。
直哉はそう思ったが、でも、なんだか、すごく楽しかった。
「ラララライ!!ラララライ! 卓球やってーエクササ…………」
ガチャ。
「智美いるー?……………あ、いないかぁ」
自分の部屋に帰ってきた直哉は智美の名前を一応呼んでみたが、玄関に靴がないのでいないと分かった。しかし、部屋のテーブルの上に書置きがあるのを見つけた。
直哉へ
おかえり!ビリヤードは楽しかった?
私は今日バイトがあるからとりあえず一度自分ち帰るね。
明日は大切な日なんだから、今日はしっかり寝て休むこと!
また夜に来るから。おいしい夕飯、明日のために作ってあげるね。
感謝しなさいよ。めったにいないよこんな彼女。なーんてね。
ちゃんと着替えて歯磨いてからねるよーに!
じゃ、またね〜
「………………………………ありがとう…智美…」
直哉は涙を抑ええることができなかった。
自分はたくさんの人に暖かく支えられながら生きていることに、直哉は気づいたのだった。
直哉は時折、サキさんに視線を向けながら話していたが、サキさんは直哉に視線を向けることはなく、ただ、目の前にある卓球台だけを見ていた。
「……そんなワケで、俺セレクションを受けようと思ってるんです…」
約5分位だっただろうか、ただ静かに聞いていたサキさんは、直哉が話を終えるとゆっくりと視線を直哉に向けた。
「直哉…お前なんで俺にあの時言わなかったんだよ…」
どことなくトーンの低い声でサキさんは言った。
やはり、自分は呼ばれなかったことがサキさんはショックだったのだろうか。
直哉は言ったことを少し後悔しかけた。
「そんな大事なこと……なに?もしかして俺は呼ばれなかったからってんで、それ聞いたらヘコむとでも思ったから黙ってたワケ?」
…ん?おぉ?ということは…
「ちょっと……はい、なんだかあの時は少し言いづらくて…」
「…はぁー……」サキさんは一つため息をついた。
「アホか!直哉お前アホだなぁ。俺ヘコむワケないべーよ。ていうか、おめでとう!お前すごいなぁ!ホントすごいよ!やったじゃんか!!」
あぁ…良かった。サキさんは落ち込んでない、喜んでくれてる…俺の考えすぎだ。俺のバカ。
直哉は心から安堵した。
「いやー、まじで俺嬉しいよ。これで心おきなく俺は卒業できる」
「え?」
なんだか引っかかる言い方だと、直哉は思った。心おきなく?
「いや、実は俺とお前が最初にペアを組んだときさ、もう3年くらい前か、俺がなんていうか……お前のそのテニスの才能っていうの?それをつぶしちゃうんじゃないかって思ってた時があってさ。ほら、ウチ強くないから監督もいないじゃん。こんな環境じゃお前のその才能が育たないんじゃないかって思ってさ。おれもそこまで上手くないし」
「…え、いや、そんな……」
そんなことをサキさんが思っていただなんて、直哉は思いもしなかった。
「だからさ、俺すげー口すっぱくしてお前にいろいろ言ってたんだよ。あーした方がいい、こーした方がいいって、練習中にさ。まぁ、なぜかお前が結構素直に聞いていてくれたから良かったってのもあるけど」
直哉が素直に聞いていたのは、監督以外に指導してくれたことが今までになく、そして先輩に教えてもらえるという事が直哉にとって新鮮で、そして嬉しいという理由からだけであった。まさか、サキさんにそんな思いがあって指導をしてくれていたとは…俺のバカバカ…
「お前気づいてないかもしれないけどさ、この三年で実はお前結構上手くなってるんだぞ。まぁこれで俺の仕事も無事完了って事だな。お前に次と繋げるきっかけを作ってあげることができた。感謝しろよ俺に。めったにいねーぞこんな先輩。自分で言うのもなんだけど」
「…………………」
直哉はサキさんに対する感謝の気持ちでいっぱいだった。なにかお礼の言葉を言わなきゃと心では思っているのだが、でも、何かしゃべれば涙がこぼれ落ちそうだった。
「ん?ほら、先輩ありがとうございましたって言いなさい」
「………………………ありがとうございました、サキさん」
「…ま、いっか。がんばれよ!直哉」
直哉は泣きそうになるのを必死にこらえて、一言だけ「ありがとうございます」と言った。
気持ちのこもったその一言だけで、サキさんに感謝の気持ちは十分伝わったが、直哉の心の中では何回も感謝の気持ちが響いていた。
「んで、そのセレクションっていつなの?」
「えっと、明後日です。…あ、いや。日付的にはもう明日ですね」
「!! えぇ!? 明日!?! お前、こんなとこで徹夜してて平気かよ?」
「あぁ、それは全然平気です。大丈夫」
「あぁ…、それならいいけどさ…」
まぁ、サキさんがそう思うのも無理はない。30時間後に大切なセレクションを控えているのに、漫画喫茶で徹夜してる方が確かにおかしい。でも…
「それに、サキさんに言いたかったんですよこの事。お礼もまだ言ってなかったし」
「おぉ…そうか、それはどうもね…」
出た、サキさんの照れ笑いが。どうもサキさんは照れるのは恥ずかしくて苦手らしい。
「さーて、話も無事終わったトコで、最後のもう一勝負やりますか?言っとくけど、この話と卓球の罰ゲームは話が別だぜ?絶対直哉にラララライ体操させてやる。彩の前で」
「ふふっ!」
直哉は小さく笑った。この人はそんなに俺に卓球で勝ちたいのかね。すごい負けず嫌いだ。
「あー、おめー今笑ったな!…言っとくけど、今までの俺は実力の75%しか出してなかったぜ?なんていうかほら…一応俺が先輩だからさ」
「ハイ、ハイ!」
「てめー、今、笑ったことを後悔させてやるぜ。かかってこい!」
ガチャッ!!
「ラララライ!ラララライ!ラララライカラライカ イッケイケGO!GO!!」
勢いよくドアを開け中に侵入し、笑顔でラララライ体操を始めたのはサキさんだ。結局、彼は一度も直哉に卓球で勝つ事はできなかった。
「あはははははは!!次絶対それだと思った!!やっぱ当たった!!ていうか、あんたどんだけ卓球弱いんだよサキ!あははははははは!!」
やっぱりサキさんのモノマネは彩さんにとって笑いのツボだ。また腹を抱えて笑っている。
「ラララライ!ラララライ!イッケイケ………」
サキさんは相変わらず一人で楽しく踊っている。
ん?…あ………
直哉は何か大きな違和感を感じた。そういえばラララライ体操って……
「ラララライ!ラララライ!イッケイケGO!GO!!」
気がつけば直哉も部屋の中に侵入し、サキさんの隣でラララライ体操を始めていた。
そう。もはや卓球の勝敗なんて関係ない。ラララライ体操とは一人ではなく、二人でやって初めて本当のラララライ体操だと思ったのだ。これが直哉とサキさんの最後のコンビプレーだ。
「あははははははは!!いいよ直哉!でも恥ずかしがっちゃダメ!!もっとはっちゃけて!!サキみたいに!!」
うぅ。かなり恥ずかしい。やっぱやんなきゃよかったかもしれない。
直哉はそう思ったが、でも、なんだか、すごく楽しかった。
「ラララライ!!ラララライ! 卓球やってーエクササ…………」
ガチャ。
「智美いるー?……………あ、いないかぁ」
自分の部屋に帰ってきた直哉は智美の名前を一応呼んでみたが、玄関に靴がないのでいないと分かった。しかし、部屋のテーブルの上に書置きがあるのを見つけた。
直哉へ
おかえり!ビリヤードは楽しかった?
私は今日バイトがあるからとりあえず一度自分ち帰るね。
明日は大切な日なんだから、今日はしっかり寝て休むこと!
また夜に来るから。おいしい夕飯、明日のために作ってあげるね。
感謝しなさいよ。めったにいないよこんな彼女。なーんてね。
ちゃんと着替えて歯磨いてからねるよーに!
じゃ、またね〜
「………………………………ありがとう…智美…」
直哉は涙を抑ええることができなかった。
自分はたくさんの人に暖かく支えられながら生きていることに、直哉は気づいたのだった。
#6 大将ラーメン
- 2008-03-11 (Tue)
- 小説 神様のロトリー
「あ〜、悔しいなぁ。ぜってー直哉にラララライ体操させてやる」
ジュースを持ってきた直哉にサキさんはそう言った。よっぽど、卓球で直哉に勝てないのが悔しいらしい。どうやら、次に負けると罰ゲームはラララライ体操だそうだ。
「まぁまぁまぁ、とりあえず休憩しましょうよ。はい、メロンソーダ」
「おぅ、わりいな」
サキさんにメロンソーダを手渡した直哉は、ゆっくりとサキさんの隣の椅子に座った。
「んで、なんかさっき言ってたよな。話がどうとかって。なに?」
直哉は自分のために持ってきたウーロン茶を一口飲み、一つ深呼吸をした。
「はい、あのー、実は………」
ゆっくりとした口調で、直哉はサキさんの目を見ながら話を始めた。
さかのぼる事約5ヶ月前、直哉とサキさんは秋季関東大会の決勝トーナメント会場である都内のM大学にいた。順調に予選を勝ち上がり、ベスト8まで勝ち上がった二人だったが、ここでサキさんは持病である腹痛を起こしてしまった。
この大会はサキさんにとって最後の公式戦であり、直哉とサキさんがコンビを組むのもこの大会が最後であった。二人は気合を入れて試合に臨んでいたが、その気合が逆にプレッシャーとなって、そして腹痛としてサキさんを襲ったのだろうか。なんとか試合をすることはできたが、サキさんのコンディションが万全ではなかったためか、惜しくも二人はここで負けてしまった。
試合後、トイレにこもっているサキさんを待つ直哉に、突然スーツ姿の男が話しかけてきた。
「あの、失礼ですが、K大学の木下直哉さんでいらっしゃいますか?」
突然話しかけられた直哉はびっくりした。直哉に話しかけてきた30代半ばと思われるこのスーツ姿の男は、会ったこともない知らない人だった。
その人は少し色黒で、スーツの上からでも体格がしっかりしているのが分かった。右手にはカバンを、左手には大会のパンフレットを持っていた。この人が纏っている雰囲気からも、あまり普通のサラリーマンには見えなかった。
「え?あ、はい、そうですが」
直哉は首を少し傾け、この人誰だ?という表情している。
「あ、失礼しました、私、こういう者です」
カバンとパンフレットをアスファルトの上に置き、男はスーツの内ポケットから名詞を取り出し、直哉に差し出した。
「あ、はい」
受け取った直哉はすぐに名刺に目を通した。
そこには、
「株式会社ヨネクッス ソフトテニス商品開発部・新人採用担当 相川秀樹」
と書いてあった。
ヨネクッスといえば主にラケットスポーツにおけるスポーツ用品の最王手のメーカーだ。
実際、直哉もヨネクッスのラケットを使用している。
「相川さん…ですか。はぁ、なんでしょう?」
なんだろう…「わが社のラケットを使用してどうでしたか?」とかのアンケートかなぁ?
直哉はそうだと思った。他に思い当たる節がなかった。というか、この人本当にヨネクッスの人なのだろうか?なんだか、怪しい。
「実は先ほど、木下さんの試合を勝手ながら拝見させていただきました。勝敗に関しましては残念だったことと思いますが、木下さんの前衛としてのプレーが、私の目に留まりまして……」
………え? どういう意味だ?アンケートじゃないのか???
「それで…こちらをご覧下さい」
相川と名乗る男はカバンの中から一枚の紙を取り出し、直哉に差し出した。
そこには
株式会社ヨネクッス ソフトテニス新人開発プロジェクト セレクションのご案内
と書いてあった。
ん?セレクション??なんの?
相川は、紙を読む直哉に補足としてだろうか、説明を続けた。
「ご存知の事だと思いますが、現在ソフトテニス界において最も強い国は韓国であり、日本は二番手の立場にあります。ヨネクッスでは是非とも日本が一番の座席を取る為の事業の一環として、まず今年度から将来可能性のある選手をセミプロとして我が社に招き…」
まとめるとソフトテニスのセミプロとして我が社に就職する意識があるならば、セレクションに参加しませんか?との事だ。
……………ん?てことは要するに俺スカウトされたのか!!俺すげぇ!!
直哉は内心興奮し、次第に鼓動が激しくなるのを感じた。
「しかしこれはあくまでセレクションのご案内であり、まだ決まったわけではございません。まずはセレクションに合格していただかなくてはなりません」
あ……そうだよね。そう上手い話があるわけがない。
「もちろんセレクションを受けるか受けないかは、木下さんの自由です。セレクションの実地は来年の三月を予定しております。場所は都内にあるヨネクッスの専属テニスコートで行われます。もし、参加されるのであれば、来年の二月までにそちらの紙に書かれてあるアドレスにメールをお願いします。参加の意思がなければ、もちろんこの紙は捨てていただいてかまいません」
なるほど。大体の事情はつかめた…が、紙の最後の方に一つ気になる記述を直哉は見つけた。
○採用予定人数 前衛・後衛各2人 合計4人。
前衛たったの2人…
これは少ないのでは…いったい何人もの人がセレクションを受けるのだろうか。
「説明は以上になりますが、何か質問があれば…」
「あの…大体何人の人が受けるんでしょうか?」
おそらくこのセレクションを受ける誰しもが思うことだろう。直哉はすぐに問いかけた。
「…現時点ではまだ分かりませんが…全体で10〜20人を予定しております。」
…微妙だ。直哉もソフトテニスの前衛としては絶対の自信を持ってはいるが、おそらく全国の強豪校に所属する選手も多く出てくることだろう。そうなれば、合格する自信はない。
「先ほども申しあげましたように、結論は今ではなく、じっくり検討した上で来年の二月までに出していただければ結構ですので。」
下を向き考え込む直哉に、相川はそう言った。そうだ、これは今、結論を出すべきではない。
「分かりました。…考えておきます。」
「それでは、ご連絡の方を是非ともお待ちしております。失礼します。」
相川は軽く会釈をするとそそくさとテニスコートの方へと歩いていった。現在コートでは決勝戦が行われている。そうか、優勝者、もしくは準優勝者にもきっとこの紙を渡すんだな。直哉はそう思った。それならば、今、彼らの実力を見ておくべきでは…。
「わりーわりー直哉!待たせたな!さ、帰ろうぜ!!」
ちょうど相川との入れ違いでサキさんがトイレから帰ってきた。
あ…………そうか…サキさんにはこの話はきていない…俺……だけ…
「ん?どうした直哉?早く帰ろうぜ。最後の記念にラーメンでもおごってやるよ!あの駅前の大将ラーメン!」
直哉はサキさんの顔を見つめたまま、考えていた。今、話すべきか…否か…
「ん?どうした直哉、大将ラーメン嫌いか?」
「……まったく、サキさんが腹イタ起こさなければあの試合たぶん勝てましたよ!あとでチャーシューとタマゴおまけにトッピングしてくんなきゃ、許しませんからね!まったく、サキさん最後の試合だってのに…」
「ひぃ、ごめんなちゃい」
その時、素直に話せばそれはそれで恐らくサキさんは祝福してくれていただろうと思う。
しかし、三年という長い間ペアを組んでいたからこそ、その長かった時間が逆に壁となり直哉はサキさんに話せなかった。なんだか、言えば傷つけてしまうような気がしたのだ。
ジュースを持ってきた直哉にサキさんはそう言った。よっぽど、卓球で直哉に勝てないのが悔しいらしい。どうやら、次に負けると罰ゲームはラララライ体操だそうだ。
「まぁまぁまぁ、とりあえず休憩しましょうよ。はい、メロンソーダ」
「おぅ、わりいな」
サキさんにメロンソーダを手渡した直哉は、ゆっくりとサキさんの隣の椅子に座った。
「んで、なんかさっき言ってたよな。話がどうとかって。なに?」
直哉は自分のために持ってきたウーロン茶を一口飲み、一つ深呼吸をした。
「はい、あのー、実は………」
ゆっくりとした口調で、直哉はサキさんの目を見ながら話を始めた。
さかのぼる事約5ヶ月前、直哉とサキさんは秋季関東大会の決勝トーナメント会場である都内のM大学にいた。順調に予選を勝ち上がり、ベスト8まで勝ち上がった二人だったが、ここでサキさんは持病である腹痛を起こしてしまった。
この大会はサキさんにとって最後の公式戦であり、直哉とサキさんがコンビを組むのもこの大会が最後であった。二人は気合を入れて試合に臨んでいたが、その気合が逆にプレッシャーとなって、そして腹痛としてサキさんを襲ったのだろうか。なんとか試合をすることはできたが、サキさんのコンディションが万全ではなかったためか、惜しくも二人はここで負けてしまった。
試合後、トイレにこもっているサキさんを待つ直哉に、突然スーツ姿の男が話しかけてきた。
「あの、失礼ですが、K大学の木下直哉さんでいらっしゃいますか?」
突然話しかけられた直哉はびっくりした。直哉に話しかけてきた30代半ばと思われるこのスーツ姿の男は、会ったこともない知らない人だった。
その人は少し色黒で、スーツの上からでも体格がしっかりしているのが分かった。右手にはカバンを、左手には大会のパンフレットを持っていた。この人が纏っている雰囲気からも、あまり普通のサラリーマンには見えなかった。
「え?あ、はい、そうですが」
直哉は首を少し傾け、この人誰だ?という表情している。
「あ、失礼しました、私、こういう者です」
カバンとパンフレットをアスファルトの上に置き、男はスーツの内ポケットから名詞を取り出し、直哉に差し出した。
「あ、はい」
受け取った直哉はすぐに名刺に目を通した。
そこには、
「株式会社ヨネクッス ソフトテニス商品開発部・新人採用担当 相川秀樹」
と書いてあった。
ヨネクッスといえば主にラケットスポーツにおけるスポーツ用品の最王手のメーカーだ。
実際、直哉もヨネクッスのラケットを使用している。
「相川さん…ですか。はぁ、なんでしょう?」
なんだろう…「わが社のラケットを使用してどうでしたか?」とかのアンケートかなぁ?
直哉はそうだと思った。他に思い当たる節がなかった。というか、この人本当にヨネクッスの人なのだろうか?なんだか、怪しい。
「実は先ほど、木下さんの試合を勝手ながら拝見させていただきました。勝敗に関しましては残念だったことと思いますが、木下さんの前衛としてのプレーが、私の目に留まりまして……」
………え? どういう意味だ?アンケートじゃないのか???
「それで…こちらをご覧下さい」
相川と名乗る男はカバンの中から一枚の紙を取り出し、直哉に差し出した。
そこには
株式会社ヨネクッス ソフトテニス新人開発プロジェクト セレクションのご案内
と書いてあった。
ん?セレクション??なんの?
相川は、紙を読む直哉に補足としてだろうか、説明を続けた。
「ご存知の事だと思いますが、現在ソフトテニス界において最も強い国は韓国であり、日本は二番手の立場にあります。ヨネクッスでは是非とも日本が一番の座席を取る為の事業の一環として、まず今年度から将来可能性のある選手をセミプロとして我が社に招き…」
まとめるとソフトテニスのセミプロとして我が社に就職する意識があるならば、セレクションに参加しませんか?との事だ。
……………ん?てことは要するに俺スカウトされたのか!!俺すげぇ!!
直哉は内心興奮し、次第に鼓動が激しくなるのを感じた。
「しかしこれはあくまでセレクションのご案内であり、まだ決まったわけではございません。まずはセレクションに合格していただかなくてはなりません」
あ……そうだよね。そう上手い話があるわけがない。
「もちろんセレクションを受けるか受けないかは、木下さんの自由です。セレクションの実地は来年の三月を予定しております。場所は都内にあるヨネクッスの専属テニスコートで行われます。もし、参加されるのであれば、来年の二月までにそちらの紙に書かれてあるアドレスにメールをお願いします。参加の意思がなければ、もちろんこの紙は捨てていただいてかまいません」
なるほど。大体の事情はつかめた…が、紙の最後の方に一つ気になる記述を直哉は見つけた。
○採用予定人数 前衛・後衛各2人 合計4人。
前衛たったの2人…
これは少ないのでは…いったい何人もの人がセレクションを受けるのだろうか。
「説明は以上になりますが、何か質問があれば…」
「あの…大体何人の人が受けるんでしょうか?」
おそらくこのセレクションを受ける誰しもが思うことだろう。直哉はすぐに問いかけた。
「…現時点ではまだ分かりませんが…全体で10〜20人を予定しております。」
…微妙だ。直哉もソフトテニスの前衛としては絶対の自信を持ってはいるが、おそらく全国の強豪校に所属する選手も多く出てくることだろう。そうなれば、合格する自信はない。
「先ほども申しあげましたように、結論は今ではなく、じっくり検討した上で来年の二月までに出していただければ結構ですので。」
下を向き考え込む直哉に、相川はそう言った。そうだ、これは今、結論を出すべきではない。
「分かりました。…考えておきます。」
「それでは、ご連絡の方を是非ともお待ちしております。失礼します。」
相川は軽く会釈をするとそそくさとテニスコートの方へと歩いていった。現在コートでは決勝戦が行われている。そうか、優勝者、もしくは準優勝者にもきっとこの紙を渡すんだな。直哉はそう思った。それならば、今、彼らの実力を見ておくべきでは…。
「わりーわりー直哉!待たせたな!さ、帰ろうぜ!!」
ちょうど相川との入れ違いでサキさんがトイレから帰ってきた。
あ…………そうか…サキさんにはこの話はきていない…俺……だけ…
「ん?どうした直哉?早く帰ろうぜ。最後の記念にラーメンでもおごってやるよ!あの駅前の大将ラーメン!」
直哉はサキさんの顔を見つめたまま、考えていた。今、話すべきか…否か…
「ん?どうした直哉、大将ラーメン嫌いか?」
「……まったく、サキさんが腹イタ起こさなければあの試合たぶん勝てましたよ!あとでチャーシューとタマゴおまけにトッピングしてくんなきゃ、許しませんからね!まったく、サキさん最後の試合だってのに…」
「ひぃ、ごめんなちゃい」
その時、素直に話せばそれはそれで恐らくサキさんは祝福してくれていただろうと思う。
しかし、三年という長い間ペアを組んでいたからこそ、その長かった時間が逆に壁となり直哉はサキさんに話せなかった。なんだか、言えば傷つけてしまうような気がしたのだ。
#5 モノマネ
- 2008-03-09 (Sun)
- 小説 神様のロトリー
漫画喫茶という店はホントに便利だ。
最近では、インターネット・ビリヤード・卓球・ダーツ・スロット・カラオケ、それにシャワーまで使える店もある。
夕方のテレビのニュースで時々、家を持たずに漫画喫茶で寝泊りをするというネット難民が問題になっているというが、店に来ればそんな人が出てきてもおかしくないなと思う。ここは、下手をすると並のホテルよりサービスが上かもしれない。ジュースも飲み放題だ。
追いコンを終えた直哉のソフトテニス部は、部員全体の約6割に当たる13人で、かねてから企画されていた二次会のビリヤード大会を漫画喫茶で行っていた。
優勝者は2年生の春樹だった。まぁ、春樹は普段から趣味でビリヤードをしているので、この結果は妥当といったところか。
一通りビリヤード大会も終わり、フリータイムが終わるまでの残りあと3時間は各々がしたいことを、それぞれでやろうということになった。直哉は、あの事をサキさんに話すならば、今が一番いいタイミングだと思った。
「サキさん、卓球しませんか?二人で」
「二人で?あーいいよ。」
「じゃ、俺フロント行ってきます」
「分かった」
さすがに時間が午前3時を過ぎたためだろうか、半分以上の人は仮眠を取るために3畳ほどの畳が敷かれた個室を二つ借り、そこで寝るとのことだった。案の定、卓球をするのは直哉とサキさんの二人のみ。この方が都合がいい、直哉はそう思った。
ラケットとボールをフロントで受け取り、直哉は卓球台が置かれている部屋のドアを開けた。そこではすでにサキさんが椅子に座って待っていた。
「ふっふっふ、卓球では負けねーぞ直哉、俺、結構強いぞ?」
「はいはい、俺だって負けませんよ?」
「ほー、中々の自信ですね、んじゃ、負けたら罰ゲームしよっか」
出た、サキさんはこういうとき必ず罰ゲームをしようと言う。
こういうときは面白いもので、かなりの確立で言い出した人が罰ゲームを受けるはめになる。
「いいですよ、なんにします?」
「うーんそーだな……よし!今、彩たちがあそこの部屋でカラオケしてるじゃん。んで、負けた人は突然あの部屋に入ってコマネチをする。もちろん大声で。どうだ?」
「ほー、いいんですか?ホントにサキさんそれできるんですか?」
「もちろん!てことは直哉も負けたらするよな?」
「いいですよ、負けたらですけどね」
「よし、んじゃかかってこい!」
直哉には負けない自信があった。仮にも元インターハイ3位。運動神経は抜群で、卓球も同じラケット競技とあって、得意としていた。今まで、卓球部の人以外に卓球で負けたことはない。
ガチャッ!
「コマネチ!!コマネチ!!」
突然ドアを開けるなりサキさんは勢いよくコマネチをした。その手の角度といい足の開きぐあいといい、絶妙だ。この時点で直哉は笑いをこらえられなかった。
突然のサキさんのコマネチにカラオケをしていた三人の女子は、びっくりしたのか2秒ほど沈黙したが、彩さんが「ぶふっ!」っと笑い出したのを皮切りに一斉に笑い出した。
「あははははは!分かったサキ!あんた卓球で直哉に負けたんでしょ?」
「ん?なんだこのやろう!!」
また、サキさんはたけしのモノマネをした。そこまでしてとは直哉は言っていない。サキさん自身この罰ゲームを楽しんでいるようだった。
「はははははは!!あーーお腹痛い!」彩さんはお腹を抱えて笑っている。
「失礼しましたー」
サキさんはそう言うと、頭を下げながら静かにドアを閉めた。
まだ部屋からは彩さんの笑い声がかすかに聞こえていた。
「ちょっ!……サキさん……ふふふははは!OK!!」
「クソー…覚えてろよ直哉!次だ!二回戦!」
出た出た。サキさんの負けず嫌いの性格が。こういうトコが年上なのにあまりそうは感じさせないサキさんのいいところだ。
「もちろん、いいですとも。罰ゲームは?」
「んじゃーまたドア開けてなんかのモノマネで」
「望むトコです」
ガチャッ!
「ハイ!そんなの関係ねぇ! そんなの関係ねぇ!」
案の定、またしても勝ったのは直哉だ。今度のサキさんのモノマネは小島よしおだ。
「あははははは!それかよ!っていうかサキそれもう古いから!あはははははは!!」
サキさんのモノマネはどうやら彩さんにとって笑いのツボらしい。
「ハイッ!オッパッピー!!さよーならー」
サキさんは急ぐようにドアを閉めた。
またしても彩さんの大きな笑い声が部屋から漏れている。
「くそー直哉…お前卓球強いな…」
はい、そうです。ていうか気づくのが遅いですよ。
「よーし、三回戦だ!絶対に一度はモノマネさせてやるからな!」
うーん…
しかしこれ以上、あの事をサキさんに言うのを先送りにしたくはなかった。それに、これ以上待てば、言うタイミングを無くしてしまいそうだった。
「サキさん、俺ちょっと話があるんですけど…ちょっと休憩しましょうよ」
「ん?そうか、分かった」
「なんか飲みモン飲みます?俺持ってきますよ。」
「おーそうか、んじゃー…メロンソーダで」
「ほい」
直哉はジュースを持ってくる最中、どういう風に伝えればよいかを考えていた。この場合のもっともベストな伝え方とはなんだろう…?
最近では、インターネット・ビリヤード・卓球・ダーツ・スロット・カラオケ、それにシャワーまで使える店もある。
夕方のテレビのニュースで時々、家を持たずに漫画喫茶で寝泊りをするというネット難民が問題になっているというが、店に来ればそんな人が出てきてもおかしくないなと思う。ここは、下手をすると並のホテルよりサービスが上かもしれない。ジュースも飲み放題だ。
追いコンを終えた直哉のソフトテニス部は、部員全体の約6割に当たる13人で、かねてから企画されていた二次会のビリヤード大会を漫画喫茶で行っていた。
優勝者は2年生の春樹だった。まぁ、春樹は普段から趣味でビリヤードをしているので、この結果は妥当といったところか。
一通りビリヤード大会も終わり、フリータイムが終わるまでの残りあと3時間は各々がしたいことを、それぞれでやろうということになった。直哉は、あの事をサキさんに話すならば、今が一番いいタイミングだと思った。
「サキさん、卓球しませんか?二人で」
「二人で?あーいいよ。」
「じゃ、俺フロント行ってきます」
「分かった」
さすがに時間が午前3時を過ぎたためだろうか、半分以上の人は仮眠を取るために3畳ほどの畳が敷かれた個室を二つ借り、そこで寝るとのことだった。案の定、卓球をするのは直哉とサキさんの二人のみ。この方が都合がいい、直哉はそう思った。
ラケットとボールをフロントで受け取り、直哉は卓球台が置かれている部屋のドアを開けた。そこではすでにサキさんが椅子に座って待っていた。
「ふっふっふ、卓球では負けねーぞ直哉、俺、結構強いぞ?」
「はいはい、俺だって負けませんよ?」
「ほー、中々の自信ですね、んじゃ、負けたら罰ゲームしよっか」
出た、サキさんはこういうとき必ず罰ゲームをしようと言う。
こういうときは面白いもので、かなりの確立で言い出した人が罰ゲームを受けるはめになる。
「いいですよ、なんにします?」
「うーんそーだな……よし!今、彩たちがあそこの部屋でカラオケしてるじゃん。んで、負けた人は突然あの部屋に入ってコマネチをする。もちろん大声で。どうだ?」
「ほー、いいんですか?ホントにサキさんそれできるんですか?」
「もちろん!てことは直哉も負けたらするよな?」
「いいですよ、負けたらですけどね」
「よし、んじゃかかってこい!」
直哉には負けない自信があった。仮にも元インターハイ3位。運動神経は抜群で、卓球も同じラケット競技とあって、得意としていた。今まで、卓球部の人以外に卓球で負けたことはない。
ガチャッ!
「コマネチ!!コマネチ!!」
突然ドアを開けるなりサキさんは勢いよくコマネチをした。その手の角度といい足の開きぐあいといい、絶妙だ。この時点で直哉は笑いをこらえられなかった。
突然のサキさんのコマネチにカラオケをしていた三人の女子は、びっくりしたのか2秒ほど沈黙したが、彩さんが「ぶふっ!」っと笑い出したのを皮切りに一斉に笑い出した。
「あははははは!分かったサキ!あんた卓球で直哉に負けたんでしょ?」
「ん?なんだこのやろう!!」
また、サキさんはたけしのモノマネをした。そこまでしてとは直哉は言っていない。サキさん自身この罰ゲームを楽しんでいるようだった。
「はははははは!!あーーお腹痛い!」彩さんはお腹を抱えて笑っている。
「失礼しましたー」
サキさんはそう言うと、頭を下げながら静かにドアを閉めた。
まだ部屋からは彩さんの笑い声がかすかに聞こえていた。
「ちょっ!……サキさん……ふふふははは!OK!!」
「クソー…覚えてろよ直哉!次だ!二回戦!」
出た出た。サキさんの負けず嫌いの性格が。こういうトコが年上なのにあまりそうは感じさせないサキさんのいいところだ。
「もちろん、いいですとも。罰ゲームは?」
「んじゃーまたドア開けてなんかのモノマネで」
「望むトコです」
ガチャッ!
「ハイ!そんなの関係ねぇ! そんなの関係ねぇ!」
案の定、またしても勝ったのは直哉だ。今度のサキさんのモノマネは小島よしおだ。
「あははははは!それかよ!っていうかサキそれもう古いから!あはははははは!!」
サキさんのモノマネはどうやら彩さんにとって笑いのツボらしい。
「ハイッ!オッパッピー!!さよーならー」
サキさんは急ぐようにドアを閉めた。
またしても彩さんの大きな笑い声が部屋から漏れている。
「くそー直哉…お前卓球強いな…」
はい、そうです。ていうか気づくのが遅いですよ。
「よーし、三回戦だ!絶対に一度はモノマネさせてやるからな!」
うーん…
しかしこれ以上、あの事をサキさんに言うのを先送りにしたくはなかった。それに、これ以上待てば、言うタイミングを無くしてしまいそうだった。
「サキさん、俺ちょっと話があるんですけど…ちょっと休憩しましょうよ」
「ん?そうか、分かった」
「なんか飲みモン飲みます?俺持ってきますよ。」
「おーそうか、んじゃー…メロンソーダで」
「ほい」
直哉はジュースを持ってくる最中、どういう風に伝えればよいかを考えていた。この場合のもっともベストな伝え方とはなんだろう…?
#4 秘密
- 2008-03-07 (Fri)
- 小説 神様のロトリー
「そーいや俺たぶん朝帰りになると思うんだけど、先輩達とビリヤード行こうって約束してるからさ、智美は?どうする?」
玄関で靴を履きながら、直哉は玄関まで見送りにきた智美に問いかけた。
「あーまだ分からないけど、もしかしたら私も徹夜カラオケになるかも。まぁ、分かったら連絡するよ。ていうか、あんまり飲みすぎないでね。明後日、大事な日なんだから。」
「分かってますよ。影響でないように、ほどほどにしておきます。ていうか、カラオケって事は智美さん本領発揮ですね」
「へへー、ガンバリマス」
「でも、主役は先輩達なんだから、あんまり歌いすぎちゃいけませんよ」
「はい、ほどほどにしておきます」
「よしよし」
靴を履き終えた直哉は立ち上がり、下駄箱の上に置いてある鍵を取った。
えーっと、忘れ物は…ないかな…大丈夫だな、よし行こう。
「ねぇ直哉、まだ誰にもあのことは言ってないの?」
智美はドアノブに手を掛けようとした直哉に聞いた。
少し考えた直哉はドアノブに手を掛けるのを止め、振り返った。
「ん〜、だぶん追いコン中に言ったら俺KYだと思うからさ、その後のビリヤードんときに言えたら言うよ。んでサキさんに最初に言おうかなって。一番世話になったしさ」
「うん、そうだね。それが良いと思う」
智美は賛成してくれた。さすがにこれ以上みんなに黙っておくことは、智美もよくないと思っていたのだろう。
「あ、ほら、時間!」
時計を見てみると、すでに時間は6時50分を過ぎていた。ここから飲み屋までは自転車で急いでも10分は掛かる。遅刻してしまう。
「あ〜ヤベぇ、そんじゃ行ってきます。戸締りよろしくね」
「了解しました。いってらっしゃい」
「じゃねー」
直哉は、笑顔で手を振る智美に、同じく笑顔で手を振り返しながら、静かにドアを閉めた。
「えぇ!?うそぉ…」
直哉のアパートの自転車置き場はスペースが狭い。そんな狭いところにこのアパートに住んでる人たちは自転車やバイクをがんばって置こうとするもんだから、自然とすごいぎゅうぎゅう詰めになってしまう。
直哉の自転車はペダルやら取っ手やらが左右に置いてある原付と自転車と絶妙に絡み合い、簡単には抜け出せないようになっていた。
「あ〜〜時間ないのにもぅ〜こうなったら!」
直哉は体育会系の力を使って強引に自転車を上に持ち上げようとした。
「フンッ!」
お…なんとか出せるっぽい。いける!
「よいしょ!」
ガリリッ!!
あ!
自転車は取り出せた……が、なんだか嫌な音がした。
まさか…
予想通り、隣にあった原付に長さ5cmくらいの擦り傷ができていた。
それは二つ隣に住んでいる会社員の人の原付だった。でも、あまり直哉とは面識がない人だ。
「…………………………ど、どうしよ………逃げるしかない」
直哉は開いたスペースに上手く他の自転車を入れてごまかして、そそくさと飲み屋へと向かった。
「えー、それでは今回卒業する先輩の方々!4年間ほんとーーーにごくろーさまでした!!彼らの卒業とこれからの飛躍を願って!さぁ!皆さんグラスは持ちましたかー!?中身ちゃんと入ってますか!??ちょっとそこ!ただの水はKYですよ!!では、かんぱーーーーーーーーーい!!!!」
「かんぱーーーーーーーーい!!!!」
ワイワイ ガヤガヤ ワイワイ ガヤガヤ……
ソフトテニスの強豪校の追いコンならば、もしかしたら、過去の輝かしい戦跡なども話の話題で出てくるのかも知れないが、直哉の所属するこのソフトテニス部のレベルは中堅といったところだ。
特にこれといった輝かしい戦跡を残したわけではない彼らは、ソフトテニスを話題とすることはなく、よくあるくだらない話題で会話を続けていた。
「ちょっとそこの!どこぞの大学のスーパーエースさん!ちゃんと飲んでますかー!?」
酒豪で有名な彩さんが直哉に絡んできた。まだ始まって30分位しか経ってないのに、すっかり彩さんの顔は赤くなっている。直哉は彩さんがかつてないハイペースで飲んでいる事を悟った。
「飲んでますよー!てか彩さん面白いくらいに顔赤いですよー。大丈夫っすか?」
「まーだまーだ平気でづよー!だからほらどこぞのスーパーエースさんもっと飲めぃ飲めぃー!」
彩さんは強引に直哉のグラスにビールを注ごうとするが、もうどのビール瓶も中身が入っていなかった。直哉は心の中でほっとした。直哉には今日どうしても飲みつぶれられない理由があったのだ。
近くに飲ませる酒がないと分かった彩さんは、直哉に酒を飲ませることはあきらめたが、今度は酔っ払い独特のとろんとした目をしながら絡んできた。
「それで、我が部のスーパーエースさん!この頃、噂の智美ちゃんとはどーなってんのさー??順調――??」
性格も良く美人で、普段は元気で明るい彩さんだが、お酒を飲むと変身し、まるでどこかの酔っ払いのオヤジと化す。こうなると手がつけられない。部内では彩さんのこの状態のことを「使徒襲来」と密かに呼ばれている。
「そらもちろん順調ですよー。めちゃ大事にしてますもん」
「んー、そーじゃなくて私が求めた回答はそんなんじゃないんですよスーパーエースさんー。なんてかこう悩みとかないんか智美ちゃんとの間にはさー?お姉さまが相談に乗ってあげようではございませんか〜」
「悩みなんてないですって俺達相性いいですもん」
「ん〜?いやー違うな〜君の目は嘘をついている!さぁ申せ!悩みを私に打ち明けろ〜」
正解。そりゃまったく悩みがないと言えば嘘だ。だが、ちょっとその絡み方は困るものである。
周りにいる数人は直哉が放っている「助けてくれオーラ」に気づいてはいるのだが、今の彩さんの相手をしたくないのだろうか。助けに来てくれない。
「えへへへへ。さぁ言うのだ。観念したまえスーパーエースちゃん!」
ひぃ。彩さんがまるで魔女のように見えたのは気のせいだろうか。
「おー直哉!飲んでるかー?」
サキさんだ!
「ん?今ここはなんの会話してたの??」
サキさんが空から舞い降りた天使に見えたのは気のせいだろうか。
さすが三年間連れ添ったパートナーである。助けに来てくれという直哉のテレパシーを見事に受信してくれた。サキさんは直哉と彩さんの間に強引に座った。
「今ね、直哉に恋の悩みを問いただしてたんだよー、こいつ中々答えなくてさー」
「そんなん彩、ないに決まってるじゃんよ。だって直哉の彼女すっげーかわいいんだよ。そんでいい子だし」
「だって私会ったことないんだもーん」
「まぁまぁ、それくらいにしてやりなって。ほら、あっちの席まだ彩の好きな酒残ってるよ?飲んできたら?」
「あ、ほんとだー。行ってこよ〜」
彩さんはゆっくりと立ち上がり、ふらふらになりながら酒の下へ歩いていった。
「ほぁ〜…」直哉は心から安堵のため息をした。
「お疲れ、直哉」
「ほんとに…はぁ。サキさん、ありがとうございます。まじで」
「俺ナイスプレーだろ?」
「いやいや、めっちゃファインプレーですよ!」
「はは!」
玄関で靴を履きながら、直哉は玄関まで見送りにきた智美に問いかけた。
「あーまだ分からないけど、もしかしたら私も徹夜カラオケになるかも。まぁ、分かったら連絡するよ。ていうか、あんまり飲みすぎないでね。明後日、大事な日なんだから。」
「分かってますよ。影響でないように、ほどほどにしておきます。ていうか、カラオケって事は智美さん本領発揮ですね」
「へへー、ガンバリマス」
「でも、主役は先輩達なんだから、あんまり歌いすぎちゃいけませんよ」
「はい、ほどほどにしておきます」
「よしよし」
靴を履き終えた直哉は立ち上がり、下駄箱の上に置いてある鍵を取った。
えーっと、忘れ物は…ないかな…大丈夫だな、よし行こう。
「ねぇ直哉、まだ誰にもあのことは言ってないの?」
智美はドアノブに手を掛けようとした直哉に聞いた。
少し考えた直哉はドアノブに手を掛けるのを止め、振り返った。
「ん〜、だぶん追いコン中に言ったら俺KYだと思うからさ、その後のビリヤードんときに言えたら言うよ。んでサキさんに最初に言おうかなって。一番世話になったしさ」
「うん、そうだね。それが良いと思う」
智美は賛成してくれた。さすがにこれ以上みんなに黙っておくことは、智美もよくないと思っていたのだろう。
「あ、ほら、時間!」
時計を見てみると、すでに時間は6時50分を過ぎていた。ここから飲み屋までは自転車で急いでも10分は掛かる。遅刻してしまう。
「あ〜ヤベぇ、そんじゃ行ってきます。戸締りよろしくね」
「了解しました。いってらっしゃい」
「じゃねー」
直哉は、笑顔で手を振る智美に、同じく笑顔で手を振り返しながら、静かにドアを閉めた。
「えぇ!?うそぉ…」
直哉のアパートの自転車置き場はスペースが狭い。そんな狭いところにこのアパートに住んでる人たちは自転車やバイクをがんばって置こうとするもんだから、自然とすごいぎゅうぎゅう詰めになってしまう。
直哉の自転車はペダルやら取っ手やらが左右に置いてある原付と自転車と絶妙に絡み合い、簡単には抜け出せないようになっていた。
「あ〜〜時間ないのにもぅ〜こうなったら!」
直哉は体育会系の力を使って強引に自転車を上に持ち上げようとした。
「フンッ!」
お…なんとか出せるっぽい。いける!
「よいしょ!」
ガリリッ!!
あ!
自転車は取り出せた……が、なんだか嫌な音がした。
まさか…
予想通り、隣にあった原付に長さ5cmくらいの擦り傷ができていた。
それは二つ隣に住んでいる会社員の人の原付だった。でも、あまり直哉とは面識がない人だ。
「…………………………ど、どうしよ………逃げるしかない」
直哉は開いたスペースに上手く他の自転車を入れてごまかして、そそくさと飲み屋へと向かった。
「えー、それでは今回卒業する先輩の方々!4年間ほんとーーーにごくろーさまでした!!彼らの卒業とこれからの飛躍を願って!さぁ!皆さんグラスは持ちましたかー!?中身ちゃんと入ってますか!??ちょっとそこ!ただの水はKYですよ!!では、かんぱーーーーーーーーーい!!!!」
「かんぱーーーーーーーーい!!!!」
ワイワイ ガヤガヤ ワイワイ ガヤガヤ……
ソフトテニスの強豪校の追いコンならば、もしかしたら、過去の輝かしい戦跡なども話の話題で出てくるのかも知れないが、直哉の所属するこのソフトテニス部のレベルは中堅といったところだ。
特にこれといった輝かしい戦跡を残したわけではない彼らは、ソフトテニスを話題とすることはなく、よくあるくだらない話題で会話を続けていた。
「ちょっとそこの!どこぞの大学のスーパーエースさん!ちゃんと飲んでますかー!?」
酒豪で有名な彩さんが直哉に絡んできた。まだ始まって30分位しか経ってないのに、すっかり彩さんの顔は赤くなっている。直哉は彩さんがかつてないハイペースで飲んでいる事を悟った。
「飲んでますよー!てか彩さん面白いくらいに顔赤いですよー。大丈夫っすか?」
「まーだまーだ平気でづよー!だからほらどこぞのスーパーエースさんもっと飲めぃ飲めぃー!」
彩さんは強引に直哉のグラスにビールを注ごうとするが、もうどのビール瓶も中身が入っていなかった。直哉は心の中でほっとした。直哉には今日どうしても飲みつぶれられない理由があったのだ。
近くに飲ませる酒がないと分かった彩さんは、直哉に酒を飲ませることはあきらめたが、今度は酔っ払い独特のとろんとした目をしながら絡んできた。
「それで、我が部のスーパーエースさん!この頃、噂の智美ちゃんとはどーなってんのさー??順調――??」
性格も良く美人で、普段は元気で明るい彩さんだが、お酒を飲むと変身し、まるでどこかの酔っ払いのオヤジと化す。こうなると手がつけられない。部内では彩さんのこの状態のことを「使徒襲来」と密かに呼ばれている。
「そらもちろん順調ですよー。めちゃ大事にしてますもん」
「んー、そーじゃなくて私が求めた回答はそんなんじゃないんですよスーパーエースさんー。なんてかこう悩みとかないんか智美ちゃんとの間にはさー?お姉さまが相談に乗ってあげようではございませんか〜」
「悩みなんてないですって俺達相性いいですもん」
「ん〜?いやー違うな〜君の目は嘘をついている!さぁ申せ!悩みを私に打ち明けろ〜」
正解。そりゃまったく悩みがないと言えば嘘だ。だが、ちょっとその絡み方は困るものである。
周りにいる数人は直哉が放っている「助けてくれオーラ」に気づいてはいるのだが、今の彩さんの相手をしたくないのだろうか。助けに来てくれない。
「えへへへへ。さぁ言うのだ。観念したまえスーパーエースちゃん!」
ひぃ。彩さんがまるで魔女のように見えたのは気のせいだろうか。
「おー直哉!飲んでるかー?」
サキさんだ!
「ん?今ここはなんの会話してたの??」
サキさんが空から舞い降りた天使に見えたのは気のせいだろうか。
さすが三年間連れ添ったパートナーである。助けに来てくれという直哉のテレパシーを見事に受信してくれた。サキさんは直哉と彩さんの間に強引に座った。
「今ね、直哉に恋の悩みを問いただしてたんだよー、こいつ中々答えなくてさー」
「そんなん彩、ないに決まってるじゃんよ。だって直哉の彼女すっげーかわいいんだよ。そんでいい子だし」
「だって私会ったことないんだもーん」
「まぁまぁ、それくらいにしてやりなって。ほら、あっちの席まだ彩の好きな酒残ってるよ?飲んできたら?」
「あ、ほんとだー。行ってこよ〜」
彩さんはゆっくりと立ち上がり、ふらふらになりながら酒の下へ歩いていった。
「ほぁ〜…」直哉は心から安堵のため息をした。
「お疲れ、直哉」
「ほんとに…はぁ。サキさん、ありがとうございます。まじで」
「俺ナイスプレーだろ?」
「いやいや、めっちゃファインプレーですよ!」
「はは!」
#3 声
- 2008-03-05 (Wed)
- 小説 神様のロトリー
「はぁ…はぁ…くそ…」
ゲームカウントは2対3。あと1ゲーム取られれば負けという状況。
直哉と健太はコート脇にいる監督の下へ助言をもらいに行く途中、作戦を考えていた。
2ゲームを連取してからの、まさかの相手の3ゲーム連続ポイント。
原因は誰から見ても分かっている。直哉のパートナーである健太が相手の前衛・三宅に打つコースを読まれているということだ。それを口に出して言う者はいないが、健太自身がそれを一番よく分かっている。健太の顔を見れば、いったいどうすればいいのかと悩んでいるのがよく分かる。
相手は滋賀の大津なんとか高校の中田・三宅組。いままで対戦した誰よりも強い相手だ。
結局、良い作戦は思いつかないまま監督の座っている椅子の前に来てしまった。
監督は腕を組み、足を組み、下を向いていて、どこか怒っている感じがした。
「監督、お願いします」
「どうだ?どう思う?」
間髪をいれずに、監督はすぐにそう言った。
「いつも相手が先に仕掛けてきて、それで相手のポイントになってるんで…えっと…」
健太はそれ以上の言葉が出てこなかった。
「…んー…そーですね、打ち合いに持ち込まれると強いんですよね。速くてコースも正確なんで…。えーっと、でも一つ分かったのはあの後衛は走りながら打つとかなり大雑把になるんですよ。だから左右に健太がロブ打ったり俺がドロップしたりして振りながら、俺もいっぱいモーション掛けていけば、なんかしらのチャンスは生まれると思います…」
苦し紛れの考えだということは直哉自身分かっていた。実際そんな初歩的な作戦が本当に効くのかどうか…
「ん〜…まぁ、確かに残された方法はそれしかないかもな、姑息な手でいくのもいいだろう。」
「はい!」
「それよりもなお前ら、」
「はい」
「声が止まってるんだよ!!」
顔を上げて、少し怒鳴るような声で監督は言った。それまでキャップの鍔で見えなかった監督の大きく見開いた目が見えた。それだけで、監督の言いたいことすべてが伝わった気がした。
あ………そうか……。
「確かにあいつらは強いかもな。でもな、お前らも強いはずなんだぞ。分かってるか?今このテニス場で試合をしているのは、日本の高校生でソフトテニスが上手いベスト4なんだぞ。お前らこの準決勝に来るまでにいったい何回勝った?そしてお前らに負けた人たちの事を忘れるな。今のお前らを見たら、なんでこんな奴らに負けたんだと思われるぞ。それでもいいのか?恥ずかしくないのか?」
「はい!!」
「いいか、気持ちで負けるな。思いっきり大きな声出していけ!今のお前らが持ってるすべてをこのコートで出してこい!」
「はい!分かりました!!」
「よし、行ってこい!」
監督は直哉と健太の肩をポンっと一回叩いた。監督の話を聞いた二人の目はそれまでとはまったく違う、まるで虎が獲物を狙うときのような目に変わっていた。
「直哉」
「おう」
屈伸をしながら準備に備えている健太が話しかけてきた。
「…ありがとな」
……え?ありがとう?なにが?
「え?なんだよ?まだ勝ってねーぞ」
「いや…そうじゃなくて、…なんか、なんとなくだ」
「お…おう」
「ていうか直哉、わりぃ、俺はもうロブを打たない」
「え??さっき俺作戦で言ったじゃん。ロブ混ぜていこうって…」
「俺はやっぱ真っ向勝負で行きたいんだ。だから…」
直哉を見る健太の目は言葉よりも鮮明に言いたいことを直哉に伝えていた。
…そうか、俺らの持ち味は……
「…そうか、分かったよ、あの前衛の顔面に一発ぶち込んじまえ!俺もどんどんポーチ出るから、それでいいだろ?」
「おう、サンキュ!」
健太はニコっと笑った。
「よし、声出していこうぜ!!」
健太は直哉の前に左の手のひらを差し出した。
いままでに何千回とやってきたこの合図。それまでの健太としてきたすべてを一瞬で直哉は思い出したような感覚を覚えた。
そうか、さっきのお前のありがとうの意味は…
直哉もニコっと笑った。
「おう!!!」
パシッ!!
直哉は普段の練習の時よりも、それまでの試合の時よりも、力強く、右手で健太の手のひらを叩いた。
直哉!
ん?
「直哉、飲み会じゃないの?起きなよ!」
うーん…
なんだかぼやけてよく見えない、うっすら目を開けるとそこには智美の姿があった…気がした。天井の灯りと顔が重なって眩しい、よく見えない。
「もーしもーし、もう6時40分だよ?飲み会7時からって言ってたよねー?」
智美はベットで寝ている直哉の肩を揺すって起こそうとしている。
…………………………………………ん?
「えぇ!!??」
ガバっ!!
直哉はガバっと起きた。今なぜここに智美がいるのかという事もびっくりだが、智美が言った時間の方がびっくりした。驚いた表情をしながら直哉は智美を見ている。
「え?ちょっ、今何時??」
智美は一つため息をついた。なんだかあきれた顔をしている。
「だーかーらっ!ろーくーじーよーんじゅっぷん!!全然起きないんだから、もう」
直哉は一応、壁に掛かっている時計にも目をやったが、やはり智美の言うとおりの時間だった。
「うお、やっべ!」直哉はすぐに部屋着を脱ぎ始めた。
「はぁ…」
また智美はため息を一つついた。やっと起きたよこの人…あー疲れた、と智美の目が言っている。
ジーンズをいそいそと履く直哉は、いつのまにか自分のアパートの部屋にいる智美を不思議に思った。今日は確か…
「…あれ、ていうか、智美も今日吹奏楽部の追いコンだったよね?」
直哉は急いで支度をしながら、智美に問いかける。
「ん、なんか最初は6時からだったんだけどさ、ゼミの追いコンとかぶって来れない先輩が何人かいるとかで、8時30からに変わってさ。んでちょっと暇できたからお邪魔してました」
「おーなるほど」
部屋を見回すと、椅子に無造作に掛けていたはずのスーツがいつの間にか綺麗にハンガーに掛けられている。智美が直してくれたようだ。
「あれ、スーツ…」
「
ゲームカウントは2対3。あと1ゲーム取られれば負けという状況。
直哉と健太はコート脇にいる監督の下へ助言をもらいに行く途中、作戦を考えていた。
2ゲームを連取してからの、まさかの相手の3ゲーム連続ポイント。
原因は誰から見ても分かっている。直哉のパートナーである健太が相手の前衛・三宅に打つコースを読まれているということだ。それを口に出して言う者はいないが、健太自身がそれを一番よく分かっている。健太の顔を見れば、いったいどうすればいいのかと悩んでいるのがよく分かる。
相手は滋賀の大津なんとか高校の中田・三宅組。いままで対戦した誰よりも強い相手だ。
結局、良い作戦は思いつかないまま監督の座っている椅子の前に来てしまった。
監督は腕を組み、足を組み、下を向いていて、どこか怒っている感じがした。
「監督、お願いします」
「どうだ?どう思う?」
間髪をいれずに、監督はすぐにそう言った。
「いつも相手が先に仕掛けてきて、それで相手のポイントになってるんで…えっと…」
健太はそれ以上の言葉が出てこなかった。
「…んー…そーですね、打ち合いに持ち込まれると強いんですよね。速くてコースも正確なんで…。えーっと、でも一つ分かったのはあの後衛は走りながら打つとかなり大雑把になるんですよ。だから左右に健太がロブ打ったり俺がドロップしたりして振りながら、俺もいっぱいモーション掛けていけば、なんかしらのチャンスは生まれると思います…」
苦し紛れの考えだということは直哉自身分かっていた。実際そんな初歩的な作戦が本当に効くのかどうか…
「ん〜…まぁ、確かに残された方法はそれしかないかもな、姑息な手でいくのもいいだろう。」
「はい!」
「それよりもなお前ら、」
「はい」
「声が止まってるんだよ!!」
顔を上げて、少し怒鳴るような声で監督は言った。それまでキャップの鍔で見えなかった監督の大きく見開いた目が見えた。それだけで、監督の言いたいことすべてが伝わった気がした。
あ………そうか……。
「確かにあいつらは強いかもな。でもな、お前らも強いはずなんだぞ。分かってるか?今このテニス場で試合をしているのは、日本の高校生でソフトテニスが上手いベスト4なんだぞ。お前らこの準決勝に来るまでにいったい何回勝った?そしてお前らに負けた人たちの事を忘れるな。今のお前らを見たら、なんでこんな奴らに負けたんだと思われるぞ。それでもいいのか?恥ずかしくないのか?」
「はい!!」
「いいか、気持ちで負けるな。思いっきり大きな声出していけ!今のお前らが持ってるすべてをこのコートで出してこい!」
「はい!分かりました!!」
「よし、行ってこい!」
監督は直哉と健太の肩をポンっと一回叩いた。監督の話を聞いた二人の目はそれまでとはまったく違う、まるで虎が獲物を狙うときのような目に変わっていた。
「直哉」
「おう」
屈伸をしながら準備に備えている健太が話しかけてきた。
「…ありがとな」
……え?ありがとう?なにが?
「え?なんだよ?まだ勝ってねーぞ」
「いや…そうじゃなくて、…なんか、なんとなくだ」
「お…おう」
「ていうか直哉、わりぃ、俺はもうロブを打たない」
「え??さっき俺作戦で言ったじゃん。ロブ混ぜていこうって…」
「俺はやっぱ真っ向勝負で行きたいんだ。だから…」
直哉を見る健太の目は言葉よりも鮮明に言いたいことを直哉に伝えていた。
…そうか、俺らの持ち味は……
「…そうか、分かったよ、あの前衛の顔面に一発ぶち込んじまえ!俺もどんどんポーチ出るから、それでいいだろ?」
「おう、サンキュ!」
健太はニコっと笑った。
「よし、声出していこうぜ!!」
健太は直哉の前に左の手のひらを差し出した。
いままでに何千回とやってきたこの合図。それまでの健太としてきたすべてを一瞬で直哉は思い出したような感覚を覚えた。
そうか、さっきのお前のありがとうの意味は…
直哉もニコっと笑った。
「おう!!!」
パシッ!!
直哉は普段の練習の時よりも、それまでの試合の時よりも、力強く、右手で健太の手のひらを叩いた。
直哉!
ん?
「直哉、飲み会じゃないの?起きなよ!」
うーん…
なんだかぼやけてよく見えない、うっすら目を開けるとそこには智美の姿があった…気がした。天井の灯りと顔が重なって眩しい、よく見えない。
「もーしもーし、もう6時40分だよ?飲み会7時からって言ってたよねー?」
智美はベットで寝ている直哉の肩を揺すって起こそうとしている。
…………………………………………ん?
「えぇ!!??」
ガバっ!!
直哉はガバっと起きた。今なぜここに智美がいるのかという事もびっくりだが、智美が言った時間の方がびっくりした。驚いた表情をしながら直哉は智美を見ている。
「え?ちょっ、今何時??」
智美は一つため息をついた。なんだかあきれた顔をしている。
「だーかーらっ!ろーくーじーよーんじゅっぷん!!全然起きないんだから、もう」
直哉は一応、壁に掛かっている時計にも目をやったが、やはり智美の言うとおりの時間だった。
「うお、やっべ!」直哉はすぐに部屋着を脱ぎ始めた。
「はぁ…」
また智美はため息を一つついた。やっと起きたよこの人…あー疲れた、と智美の目が言っている。
ジーンズをいそいそと履く直哉は、いつのまにか自分のアパートの部屋にいる智美を不思議に思った。今日は確か…
「…あれ、ていうか、智美も今日吹奏楽部の追いコンだったよね?」
直哉は急いで支度をしながら、智美に問いかける。
「ん、なんか最初は6時からだったんだけどさ、ゼミの追いコンとかぶって来れない先輩が何人かいるとかで、8時30からに変わってさ。んでちょっと暇できたからお邪魔してました」
「おーなるほど」
部屋を見回すと、椅子に無造作に掛けていたはずのスーツがいつの間にか綺麗にハンガーに掛けられている。智美が直してくれたようだ。
「あれ、スーツ…」
「